0歳児の3泊海外旅行(w/国際MBA生): チェコ共和国

歳のせいか、人様のお名前を覚えるのに苦労する。特にMBAの同級生の中にはスペリングを見てもどう発音するか分からない人もいて、発音を聞いても私には難しくて何度も聞いてしまう事が多々あった。逆に私の名前の「ひであき」の「ひ」が発音しにくいと聞いていたので、若林の”Waka”と自己紹介していた。でも、何人かの同級生は「”Hideaki”全然発音できるよ!」と言ってくれて、”Hideaki”と呼んでくれる、嬉しい。私も頑張らねば。

Prague、チェコ共和国の首都プラハの事だが、英語ではPragueで発音は「プラグゥ」。ただ、チェコ語では「プラハ “Praha”」と言うらしい。このように、日本語の発音の方が現地の言葉に合っている事も結構あるように感じる。例えばスイスの首都「ジュネーブ」。英語では”Geneva”で「ジェニーバ」と言わないと通じない、ただフランス語(スイスの公用語)では”Genève“で「ジュネーブ」の方が近いよう。しかし、これもスイス人とフランス人で発音が違うように聞こえる

チェコの街並み(赤い屋根が趣を感じる)と同級生(参加者全員ではない)。企画者は左から4人目のサビーネとその旦那さんのマット。マットはMBA生ではない。ちなみにスイスに一緒に行ったエイミー(左から3人目)とダニエラとも今回一緒だった

さて、日本ではゴールデンウィークの後半に、MBA同級生のチェコ人(サビーネ)が企画してくれたPrague Trekに同級生、総勢約20名で旅行した。東寄りのヨーロッパにも行きたいと思っていたので、Whatsup(LINEみたいなもの)でサビーネが企画を公表した時に早速相談した。相談というのは、幼児を含む家族を連れていきたいという事である。基本的には皆Welcomeであるが実際のLogistic的な問題はしっかり確認しないと当日困ると思う。例えば、ベビーカーで行けるか(個人的にベビーカーは機動性が悪いので抱っこ紐で行くのではあるが)、歩くとしてどのくらいか、静かにしないといけない場合があるか、等。サビーネはよく相談にのってくれた(サビーネ、ありがとう!!)。今回は、歩く場所は多いが妻と相談して私が抱っこすれば問題ないだろうという結論になった。1日目の夕飯は時間が遅かったため子供を任せて妻にはホテルに待機してもらうことにした。申し訳なかったが、チェコを良く知る人に案内して貰える旅行も中々ないので妻も了承してくれた。ありがとう。また、2日目の夜にオペラが含まれていて、妻共々行きたかったが、流石に幼児は連れて行けないので、今回は辞退した。ちなみに”Trek”を使う時はBusiness Trekの意味らしく、何かしらビジネス関連のActivity(企業訪問とか)が必要らしい。よって、今回のプラハ旅行は正式にはTrekではない。

主に2日間で、1日目がプラハ観光、2日目が電車で1時間ほどのクトナー・ホラ(Kutná Hora)へ。前後が移動日なので、3泊である(「スイスの4泊の次は5泊か」と期待していた方ごめんなさい、、ってそんな方いないか?)。我々3名のみ、市内のホテルに泊まった(他の同級生は相も変わらずAirbnb)。今回はスイスの教訓を生かして、少し高くても広めの部屋を取った。ちなみにホテル選びの基本的な判断基準は朝食付きで一泊1万円程度を選んでいる、朝ご飯をどこで食べようか考えるのを好まないからだ。

ホテルは右下のアンナホテル、集合場所が真ん中下の聖ヴァーツラフ像であった、ホテルから歩いて10~15分。真ん中のKantyna は後述の2日目のレストラン

1日目のプラハ市内観光の午前中は、主にチェコの近代史の話。今回も旅行会社のエージェントが同行した。旅行会社と言っても、日本のようにスーツ着た添乗員さんのイメージではなく、地元のお兄さん、お姉さんのイメージだ。最近は東京でもそういう傾向があるような気がするが。最初は第2次世界大戦時の話が主で、スデーテン割譲後のチェコスロバキア解体や大戦後の共産化、「プラハの春」後の民主化の内容である。この時もシナゴーク(ユダヤ教の教会)の案内を受けた、当日は特に印象的に思わなかった。しかし、イスラエルに訪問した後だから感じるが、ドイツ第三帝国によるユダヤ人迫害の歴史は、ドイツ自体だけでなく、占領下各国においても重要な要素のようだ。一方で、私が元々チェコに訪れたかった理由は西欧とは異なる雰囲気を感じられると思ったからだ。そういう意味ではモルダブ川にかかる有名なカレル橋(Karlův most)とプラハ城(Pražský hrad)は圧巻だった。カレル橋は両岸に塔が立っており、橋自体には等間隔に像が立っており、橋幅は車が2台通るには狭いが、人が通るには十分で広く感じた。昔は馬が複数列で行進したのだろう。プラハ城はギネスブックによると最も古くて大きい城のようだ。

カレル橋は真ん中の線(車が通れないので細い線で表示されている)とプラハ城(左上)
モルダブ川に架かるカレル橋
カレル橋(左)とプラハ城(右上)と参加者数名(左から、ブラジル人、アメリカ人、インド人(カナダで仕事)、トルコ人、チェコ人、チェコ人、ヨルダン人(ドバイで仕事)、(下に行き)日本人、香港人、日本人)

実はこの日は非常に寒く、プラハ城に着く頃には雨も強く、寒さ対策に翻弄されてあまり覚えていない。。ただ、昼食は美味であったのは覚えている。サビーネとマットと同じ席だった。マットがビールを頼んでいたので、私も頼み、私が常々疑問に思っていた、ヨーロッパの人は思ったよりお酒を飲まないという話をすると、「チェコ人はヨーロッパの中でもお酒、特にビールをよく飲む人種だ」と言われた。実際マットと私は昼食で2 pints(1 pintは500mlより少し多い)のビールを飲んだ。サビーネも元々よく飲むという話をMBAコース中も話していて、「チェコで一緒に飲めるのが楽しみだね」と言ってたが、幸運にもPrague Trek企画中に妊娠がわかり、今回は飲んでいなかった。妻も元々お酒が好きだが最近飲めていないので、お互いその点だけは残念がっていた。

ちなみに、このモルダブ川、Google Mapではブルダバ川と記載があるが、発音は「ヴルタヴァ」が近いよう。日本だとよく中学の合唱コンクールで歌われるらしい「モルダウ」の発音が有名のようだ。川と言えば、ヨーロッパの首都には有名な川が流れている、モルダブ川、ロンドンのテムズ川、パリのセーヌ川、ローマのテベレ川、そしてケンブリッジのケム川。飲み水確保の意味もあったろうが、水運を担っていて物資輸送に利点があったという話も聞く。東京はどうだろうか。以前神田川クルーズを体験した時に、神田川と隅田川が水運を担っていたとの説明を受けた。しかし、現在神田川の存在感は上記の川と比較しても存在感が薄く感じられるがどうだろうか。

プラハには世界でも屈指の歴史を誇る大学、プラハ・カレル大学があり、1348年に神聖ローマ帝国皇帝カール4世が創立した。ちなみに総合大学で最も古いのはイタリアのボローニャ大学で1088年創立。次がオックスフォード大学で1096年、そして3位がケンブリッジ大学で1209年だ。・・・と言いたいところだが、資料によってはパリ大学やスペインのサラマンカ大学、いやいや南京大学が9世紀で最も古いという記述もある。

2日目はクトナー・ホラ。私としてはここの聖バルボラ教会が今回の旅行のハイライトだった。遠くに教会の全景が見えて、向かって坂を登っていくと、この教会の尖頭が見えてきて、教会の全景が見えるとそこまでは左側が崖になっている道があり、ここも等間隔に像が立っている。こういう風景を見るとPlayしていたRPGを思い出して、何か冒険ができそうでワクワクする。ちなみにプラハ城の下に「ヴァレンシュタイン宮殿」という場所があるのだが、これもAge of Empires 3でドイツでプレイすると「ヴァレンシュタインの契約」という政策を使えて、それで名前を覚えていた。(そんなことをやっていたのでMBA受験に4年もかかったのだろう。。)

遠望の聖バルボラ教会と今回の全参加者
坂を登ると見える教会と橋
思い出す冒険の日々(Dragon Age:Inquisition より)

2日目の夕飯は、オペラを辞退したこともあり、妻と子供と3人でサビーネに教えてもらったお肉専門のレストラン、Kantýnaへ。基本的にお店は予約をする。予約の方法は基本的にメール。公用語が英語以外であると先方も英語の会話が苦手な場合もあるし、国際電話よりもメールの方が良いと思っている。ただ、今回のお店は予約できなかった。理由は直接行って理解した。このお店はお肉屋が基本でレストランは併設だ。注文は基本Self-Serviceでお肉の種類、グラム、調理法を頼む。席も立ち席と座り席があるが空いたら勝手に座る形式だ。だから、予約は受け付けていないし、安めの値段で提供される。高級店ではないが、多くの人が来店していて賑わっていた。

Kantyna の店内、お肉をオーダーする場所

今回も同級生が妻子を快く受け入れてくれたし、スイスとは異なり全日程が旅行だったためリラックスして過ごす事が出来た。比較的女性が娘との交流を楽しんでくれていたのは日本も一緒だなと感じた。一方で、海外旅行に幼児を連れていくというのは日本だとどういう印象を持たれるのだろうか?「幼児を連れて旅行に行くなんて!」なのか、「家族でそういう経験大事だよね」なのか。帰国しないと分からないだろう。みんな娘と遊んでくれて非常に嬉しかったし、彼女にとっても良い経験になっていると信じている。少なくとも写真等を見て、幼児の時に国際色豊かなメンバーと交流したという事実がよい影響を与えるようにしてあげたいと思う。

ダニエラとモハン(中国人)。モハンにも2歳のお子さんがいるが、この日はモハンのお母さんとCambridgeでお留守番
プラハの夕焼け

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