理由が難しい:イギリス食文化

ポルトガルに旅行した時にレストランかお土産屋さんで、「ポルトガルはかつて7つの海をまたにかけた、だから料理がおいしい!」と記載があった。この時、「じゃぁなんでかつての大英帝国、イギリスの料理はあんなにまずいんだ?」と思った。イギリス人にとっては天気の悪さと共にすでにブラックユーモア化している料理のまずさについて、その理由を分かる範囲で記載したい。ちなみに、検索するといくつか理由が出てくるのだが、なぜか個人的にあまりしっくりこない。たぶん本格的な研究はなされていないのではないだろうか。

結局結論は分からないこともあり、今回は短めに。ただ、スコットランドの首都エディンバラはムール貝がおいしかったし、ドーバー海峡沿いにあるBrightonはシーフードがおいしいと聞いているので、もちろん一概には言えないが。

イギリスのご飯の話をすると年上の方は「そうは言っても最近はおいしくなってるよね(らしいね)」とおっしゃる。私からすると「そうは言ってもまずいです」。もしかしたら大体日本人が行くところはロンドンで、ロンドンはおしくなっているのかもしれない、お金を払えば。。。と言いながら、よく言われる「イギリスって高いよね」という話、確かに外食は高めだが、イギリスの生活費用はそんなに高くない。Cambridgeが田舎だからかもしれないが、食費が安い。ビールもワインも、お肉も、野菜も全てが日本のスーパーより安い(魚介類は高いし手に入りにくいが)し、味もよい。あぁ、それなのになぜレストランで出てくるお肉はまずくなってしまうのだろうか。

この一つにまずイギリス人自体が比較的食に興味がないことがあげられる。妻の友達のフランス人の旦那さんは、職場でご飯の話やそれをどうおいしく食べるかの話をしても、なんとなく話がかみ合わないらしい。むしろ白い目で見られることも。これは食に執着するのはよくない事、という文化、「紳士は質素に」、があるからのようだ。でも日本人も(昔の紳士階級に相当しそうな)武士は食わねど高楊枝ではないか。

他の理由として、これは日本人の同級生が言っていたのだが、農村で地元料理が洗練される前に産業革命が起きて人々が都市部に流れたから、ということ。でも、産業革命前からそれなりに長い間、固定された土地に住んでいたのではないだろうか?ノルマンコンクエストが1066年で、産業革命までの約700年では足りないのだろうか?でもノルマンコンクエストでやってきたのは貴族なので、結局地元の農民達はその前も後も労働力として地元に住み続けているのではなかろうか?

ということで、やはり結論は分からないのだが、イギリスの食事がまずいというのは誰しも思うことらしい。Cambridgeでは、タイ、中華、ベトナム(Phoというフォーのお店にアイルランド人のRebeccaは2日に1回くらい行ってた)料理というアジア系が欧米人含めて人気だった。我々はピクニックや遠出するときは、ご飯を鍋で炊いて、おにぎりと卵焼きを作り、市販のソーセージとキュウリ程度でお弁当を作ったこともあった。まぁ日本人だからですが、その程度でもどこかで買うより断然おいしい。。

1歳児の誕生日2泊海外旅行:フランス共和国

イギリスは寒い。イメージ通りだ。よって、家にはクーラーが備え付けられていない。しかし、昨今は温暖化の影響で、真夏は暑い。私がCambridgeに着いたときは8月初であったため、非常に暑く、クーラーがないことを知り「大丈夫か?」と思った。一応その時は夜になって窓を開けると涼しい風が入ってくるので、熱帯夜を感じることなく寝ることができた。が、今年(2019年)はさらに暑く、寝苦しい日が続いた。そして、ヨーロッパ中が観測史上最高温度を記録した日に、我々は、あこがれの町パリにいたのだった。。。

妻はパリに行く事がひとつの夢であったので、Cambridge滞在中に実現すべく、7月の最終週の娘の初誕生日にかぶせてパリに行く事にした。飛行機だと、3時間前とかに飛行場に行く必要があるため、Eurostarを選んだ。King’s Cross駅の横のSt Pancras International駅からGare du Nord(パリ北駅)まで約2時間半だ。当然、娘は2時間半もジッとしていられないのでグズリ、電車内を車両から車両へ何回も往復することになるのだが仕方ない。

パリ北駅は少々危ないといわれているので、さっさと地下鉄でホテルへ。荷物が少なくて済むのがよい。ホテルはTemple駅近の「パリ・フランス・ホテル」というべたもべたな名前のホテル。2日間で330€くらい。まぁ、家族3人でパリなので、仕方がない。部屋も綺麗で十分広くて朝ごはん付き。一度安くて狭い部屋で大変な思いをしたので。今回もBooking.comで予約。

今回の拠点、パリ フランス ホテル。アクセスもよい。

ホテルに荷物をおいて、1日目はルーブル美術館の入り口確認とエッフェル塔、凱旋門からのシャンゼリゼ通り巡り。なぜルーブル美術館の入り口確認が必要だったかというと、私がルーブルのチケットネット予約を忘れ、当日券の購入が必要だったからだ。そして、この週は世の中も夏休み。なるべく早く当日券を購入するため事前確認に来た。ネットで情報を得ていたため、すんなり確認し、バスでエッフェル塔へ。しかし、バスに乗った瞬間、激熱。。実はパリも基本的には涼しいため公共交通機関内にはクーラーがない。この日の温度は40度近く。これは子供の健康にも悪いということで途中下車。Uberを呼ぶも、来るまで時間がかかり、外で待っていられないということで、近くに止まったタクシーでエッフェル塔へ。しかし、フランス語で(おそらくわざと)値段を言われ、現金を出したのだが、正直ボラれた。暑くて、涼んで着くことを優先したため、強い心で反論できなかった(反論するにも体力がいる)。その後、凱旋門からシャンゼリゼ通りと観光をしたが、正直暑すぎてあまり満喫できなかった。

夕飯はLe Baravというお店へ。ホテルの近くを予約した。事前にTrip Advisorで調べていたが、ワインのおいしいお店ということだ。せっかくのパリなので妻もワインを飲みたいということでこのお店にした。

実際にワインがおいしく、価格もそこまで高くはなかった。メニューはつまみ系が多いイメージ。他のテーブルを見渡すと、みんなチーズプレート1枚にワインのボトルを1つか2つという人たちが多いよう。飲み会や外食ではたくさん食べるというよりも、つまみによく飲むということが多いのかもしれない。食べる量が無駄に多くないのは大事なのだろう。街を歩いていても、明らかにイギリスよりスタイルがいい人が多い。Fish&Chips、特にChipsばかり食べているイギリス人とは生活習慣が違うからだろう。MBA中に工場見学の途中でお弁当がでたのだが、サンドイッチ、水、フレッシュフルーツ、そしてポテトチップス。なぜか常にポテトチップスが付いてくる。これがご飯の一部ということなのか。とか言いながら、このお店でも私は大目に食べ物を頼んで食べてしまったが。。

ちょっと頼みすぎた、、しかもハム系が二つ、、おいしかったのでいいけど。

二日目はルーブル美術館へ、この美術館は何度行っても楽ししい、妻も当然娘も初めてだ。しかし、昨日確認した入り口に朝8時ころに行ってみると、なんと、当日券は売れないとのこと。大混雑が予想されるので、ネット予約のみのようだ。いまさらながらネットの時代、、チケットはなんでも事前に購入しておくべきですね。。まぁ、電車予約、ホテル予約、夕飯のお店予約、に忙殺されて忘れてしまったんですが。。仕方ないので、近くのl’Orangerie(オランジュリー)美術館へ。ちょうど開館もルーブルより遅かったので、時間的によかったし、朝の比較的涼しいルーブルからオランジュリーへの散歩も気持ちよかった。しかもヨーロッパは幼児連れには優しく、優先列から入館できた。ここにはモネの睡蓮がある。実は、「仕方がない」とか言いながらここは世界中の美術館の中でも来たかった場所の一つ。その睡蓮が壁一面に展示されているのだ。妻も読書が趣味なのだが、私と違って小説をよく読む。その影響で妻の読んだ本を私もいくつか読むのだが、その中でも浜田マハが非常に好きだ。そして浜田マハのエッセイの中にこの壁一面の睡蓮の話があり、それを読んでから非常に訪れたい場所となっていた。そして、予想通り素晴らしい。美術館自体も外装内装が美しいし、その中のこの睡蓮自体もよかった。他にもルノワールやマティスの絵が展示されているのでお勧めだ。

オランジュリー美術館はルーブルとも近く、プラン変更しやすかった。ちなみにすぐ南にはオルセー美術館もあるのでそちらもあり。
これが噂の睡蓮!すばらしい!!

オランジュリーの後は歩いて6区と呼ばれるお洒落なショップやブティック並ぶ街区へ。ここにはダヴィンチコードにも使われた教会がある。が、そろそろお昼近く、観測史上最高気温が我々にも襲ってきた。結局早々とランチ。お昼は適当に探したのだが、なぜか日本人しかお客がいないお店だった。Crêperie des Canettes。何かの雑誌にでも紹介されているのだろうか?確かにおいしかった。やはりパリは違う。後で調べたらここはガレットが有名なお店だったようだ。

この後はピカソ美術館へ。ピカソ美術館にはいくつか有名な絵があると事前にブログで確認していたのだが、どうやら収蔵数が大分多いらしく、確認したブログに載っていた作品の半分も見ることができなかった。ただ、ピカソ「っぽい」作品はたくさん見れたので、娘のピカソ デビューということで一枚。いつかはゲルニカを見に行きたいと思っている。

夕飯の前に時間があったのでパリをブラブラ。実は私、ネクタイが欲しく探していた。以前新婚旅行でフィレンツェに寄ったときに購入したネクタイが安くてもよい柄だったので今でも使っているから、パリにもそういうのがあるはずだ!と思っていたからだ。しかし、デパート等に行っても高額だし、有名なブランドも当然高額。が、夕飯のお店の近くに、これまたフラッと入ったお店、mario dessuti opera、ではネクタイが25€(だった気がする)均一で売られていた!しかも見た目もよい。2掛け購入した。やはりスーツ関連は本場の西洋に限ると思う。

さて、夕飯だが、これが今回のハイライトだ。娘の初誕生日のために(実際は我々がおいしくご飯を食べるために、なぜなら娘は離乳食)、予約をした。Juvenilesというお店なのだが、実は、妻がCambridgeで知り合ったフランス人を夫に持つ日本人の女性に教えてもらったとのこと。彼女たちの趣味は食べ歩きで、パリに住んでいた時には、それを楽しみに生活していたようだ。翻ってCambridge、「趣味が一つ減ってどうしようかと思っている」とのことだった。そんなお友達に紹介してもらっただけあり、何を頼んでもおいしい!!イギリスの味に慣れていると、ヨーロッパ全体がこんなもんかと思い始めてしまうが、イギリスが特別だということを思い出した。これこそ正にお金を払って食べる外食だよね。イギリス人的にはもはやブラックユーモアな部分もあるが、なぜこれほどまずいのかは気になる。別途これについて記載してみたので、気になる方はご参照のこと。さて、子供の誕生日といっても、何をするでもなく、日々大変な思いをしている妻とワインとおいしい料理を楽しんだ。

最高に美味の今回の夕飯のお店(なぜか周りに日本食店が多く、ラーメン屋がたくさんある)。 1789年7月12日の午後、「諸君、武器を取れ!!」と大きな声でカミーユ・デムーラン が演説した、パレ・ロワイヤルの近く。

最終日の3日目は有名画家達が愛した地区であるモンマルトンの丘へ。なぜここが画家達の町になっているかというと、過去のこの辺りは地価が安く(丘の上で移動に不便)有名画家達が世に出る前に住んでいたからだとのこと。とりあえず有名なサクレ・クール大聖堂は見ておいたが、目的は娘の似顔絵を描いてもらうこと。というのも、ここにあるテルトル広場は多くの無名画家達が青空の下創作に励んでおり、有料で似顔絵を描いてくれる。最初によさそうな雰囲気の画家がいたのだが、交渉に行くと我々が日本人と知り、「俺はキムタクの絵も描いた」と写真を見せてきて、どう見ても嘘。妻も絶対ヤダとのことで、別の画家へ。何人かのところで交渉したが、結局女性の画家に決めた。良い雰囲気のおばあさん。他の画家の方はスマフォで写真を撮って書いてくれるので、その場にいなくてもよいのだが、この人はスマフォ禁止。逆にそれに親近感を持った。値段は交渉すべき。娘のみか、3人を描いてもらうかで値段も違うし、画家個々人でも異なる。確かな値段は忘れてしまったが、確か3人で80€くらいだったので、今回は娘のみ30€くらいで描いてもらった。30分くらいだったと記憶する。そのあと近くのお店でお昼を食べて(当然私はビールを飲み)、Eurostarで帰英。全体として、もちろん良い旅であったが、やはり歴史的猛暑の影響で、特に1日目はあまり楽しめず、シャンゼリゼ通りももっと優雅に歩きたかった。今回はルーブル美術館も行っていないので、次回もう少しゆっくりしたいところである。

今回描いてもらった画家の方

ちなみに、現在、日産問題で熱い日仏関係だが、一方では「今上天皇は昨年9月、皇太子最後の外国訪問としてフランスを8日間にわたって訪れている。日仏友好160周年を記念して開かれた「ジャポニスム2018」に合わせた訪仏だったが、これにはフランス政府の強い要請があった。フランスとしては即位前の皇太子を元首級でもてなすことで、日本との関係をより強固なものにしたい思惑があった。外国の元首でもめったに使わないベルサイユ宮殿でマクロン大統領夫妻は歓迎晩餐会をもった」とのことで仲良しなのは良いことだ。是非実務的にもよい関係が続くとよいと思う。

課外活動って必要??Impulse Programme

Disneyが好きで人生初のアルバイトはDisneyのキャストであった。色々なことを学べたと思う。例えば、企業には理念/Misson(Disneyでは「ゲストにHappinessを提供する」)があり、それを元に我々の行動に落ちてきているのだな、とか。そのための行動原理として4つあり、4つ目に「Efficiency」とあって「Disneyっぽくないな」と思ったものだが、それも、例えばゲストをアトラクションで待たせ過ぎたらHappinessに影響する、ということのようで、「そのように落とし込むのか」と感心したものだ。このようにアルバイト等の外部の活動(課外活動)で色々な気付きを得られるはずなのだが、当時の私は「課外活動」をなんとなく、うさん臭く、遊んでいるようなイメージを持っていた。「課外活動」で例えばボランティアをやっていても、それが今の学業もしくは研究内容にどういう意味があるのか?と思っていたような気がする。ここでもDiversity観点が欠落していたなと思う。結局私はアルバイトくらいしかしていなかった。最近でこそ、Open Innovationが謳われてきたこともあり、外部Communityの活用が企業でも重視されているし、ヘンリー・ミンツバーグも「私たちはどこまで資本主義に従うのか」で、Community活動は重要となっているが、昔はそこまでではなかったと思う。しかし、今回課外活動の重要性を認識した。

MBA受験用のエッセイでも「課外活動」を記載する欄があるし、MBA中も「課外活動」が推奨されている。在学中は「課外活動」の一つとしてImpulse Programmeに参加した。 以前にも記載したが、Cambridge MBAの強みの一つとしてEntreprenuershipが盛んな地域ということがある。Cambridge自体が、歴史的に理系に強い大学であり、そこから生み出される新技術をもって起業したり、そのような技術やそれを創出している人材を求めて企業が研究所を置いている。そのEntreprenuership Ecosystemの一翼としてMaxwell Centreという場所がWest Cambridgeにある。そこで毎年開催されるStart-up向けプログラムが、Impulse Programmeという(どちらかというとアクセレレーターというより(下記参照))インキュベーション・プログラムである。West Cambridgeはこのような大学と産業を繋げる場所として定義されており、Maxwell Centreや Cambridge Enterpriseという大学のVenture CapitalのOfficeがある場所の総称である。Impulse Programmeの対象はPh.DやPost-Docだ。

Startup EcosystemとしてのCambridge
右側がCambridgeの中心で、左上の赤枠がWest Cambridge
Cambridge MBAのElective、New Venture Finance、Session1の資料より抜粋
Robert (Bob) Wardrop

参加経緯は同級生のSlavanというオーストリア人の活動からだ。彼はScientistであるが、すでに起業しており、非常に優秀だ。彼自身がCambridge内のNetworkingで出会ったAlexandraという女性がImpulse Programme全体のCoodinatorをしており、Slavanが彼女と会話したことが発端であった。SlavanからSlackとWhatsup(同級生内のCommunicationにはこの二つを使っていた)に「興味がる人はDM(ダイレクトメール)くれ」と記載があり、課外活動に飢えていた私は早速Slavanに連絡したのが、Lent Termの後半、2月か3月くらいだったように思う。結果として6名のMBA同級生と参加することになった。

参加MBA同級生6人。なぜかNicが写ってない。。一番右がリードしてくれたSlavan。

Impulse Programmeは4月から7月の3か月間のプログラムで、参加者は事前審査で50~60名くらいの人数に絞られて、6~7名のチームに分けられる。Goalは投資家へのPresentationであるが、それまでにMentorとの会話を経て、現実味の高いビジネスプランにもっていく。各チームにMentorとFacilitatorが付いて、Mentorは実際の起業家や投資家だ。私が担当になったチームのMentorはarmの創業者の一人であるJamie Urquhartであった。このプログラムの中で決められた集合時間は4月のオリエンテーション週と7月の最終発表週のそれぞれ一週間であり、この期間でMarket ResearchやFinancial Plannnigのセッションがある。その期間以外は自由時間であり、Presentationに向けた作業やMentorへの相談をする。 FacilitatorとしてはMBAの同級生が実施した。ちなみにハーバード大学卒のアメリカ人同級生が参加者にいたのだ、今回初めてしゃべった。。

途中のSessionの一枚、ノーベル化学賞受賞者の Sir Gregory “Greg“ Paul Winter

Facilitatorの役割は、主催者側も考慮してくれていて、「Team Memberへの連絡」や「提出物が遅い人へのNudging」をして欲しい等々を定義してくれていた。ただ、これはFacilitatorとMentorや他の参加者が困らないように役割を与えてくれただけであり、実際は実務経験やMBAの勉学からTeamの議論にコメントしたり、相談に乗ったりすることを実施すべきであろう。私自身つたない英語で無理やり議論中に意見を言ったりした。意味があったかどうかはおいておいて。MBA同級生の中にはもっと積極的な人もいて、 Egor はPwCやDeloiteというコンサル会社を渡り歩いている人物だが、すごくTechnicalな人物で、 Team Memberの一人と会話をして自分のData Scienceのバックグラウンドを生かして一緒にPitching(プレゼンテーション)をしていたメンバーもいた。さすがだ。 私にとって最もよかったことは、MentorのJamieと知り合えたことだ。イギリス人だからなのかCambridgeにいる人だからなのかは分からないが、彼らは非常に縁を大事にすると思う。まさに一期一会でこの「たまたま」あったと言うことを大事にしていると思う。ちなみにJaimeはスコットランド人だ。「English?」と聞くと「No, Scottish」と返ってきた、迂闊。。彼と話した内容は「私は基本的にSEなのだが、Venture Capitalや似たような世界に行くためにはどうすればよいか?」というものだ(なぜVCについて聞いたかはまた別の回で)。彼も自分はGeekだと言っており、(って私はCodingもできないのでGeekではないが、広い意味でオタクで理系ということの意味だということにしておきたい)それでもOperation担当になったことで、armの創業活動からVCの実施まで出来たと言っていた。Operationを経験することが必ずしも必要ではないが、自分にとっては意味があった、と。この言葉には考えさせられた部分がある。自分の年齢を考えて、「もっと早く」と思った部分もあるが、一足飛びに行く必要はないのではないかとも思い始めた。やはり、こういう会話の機会は貴重だ。ちなみにCambridgeは町が小さいので、「少し話したい」というのには非常に良い。東京みたいに移動に数十分かかったりしないので、気楽に「じゃぁ昼に」とか、「じゃぁ夕飯後Pubで」といえる。

Impulse Programmeへの参加はMBA生活の後半に実施したこともあり、ある意味MBAを総括しつつCareerを考えるいいきっかけになったと思う。このような課外活動、もしくはCommunity活動は普通に仕事をしていても重要だと思う。なぜならばMBAもそうだが、完全に自分の要望にマッチした仕事というのはないと思う。それを補完するのがCommunity活動なのではないだろうか?例えばIT企業に勤めていても、政治や経済のことを考えたいとか、もっと住んでる地域に貢献したい、等々。

最後のDinnerチームメンバーと。後ろの右から2番目がJamie