1歳児の8泊9日クルーズ旅行;アドリア海クルーズ

地中海の女王をご存じだろうか?言わずと知れた(?)ヴェネチア共和国の事である。なんとも男のロマンが詰まった国だと思う。大航海時代に、海賊、クルセイダー(十字軍)、ドーシェ(元首)、サン・マルコ、多様な物産と人が集まる交易国家等々。そんなロマンを感じたければ是非、塩野七生の「海の都の物語ーヴェネチア共和国の千年」をご一読いただきたい。この本を読んでから、常々訪れたいと思っていたヴェネチア、唯一感じる事が出来たのは初バイトの時にOpen前から行っている、ディズニー・シーだ。テーマパークであれほど素晴らしいのだから、本物はすごいだろうと期待していた。案の定素晴らしかった!!(イギリスと違い)ご飯もおいしいし、細い道と水路、イケてる橋、急に現れる広場、周りに見える小島々。空から見るとまさに海の中の都市。昔の人はこの国(都市)をどのような思いで見ていたのだろう。ロマンですな。

「ヴェネチア共和国」の画像検索結果
かつて、地中海の最強国家と言われていた
飛行機からのヴェネチアの写真、天気悪いが、これを見たときは感動した。ちょうど上の絵の左の方からこの写真に写っている道路が伸びてる

そんなかつての大交易国家からのクルーズ旅行がケンブリッジMBA最後のイベントだった。

クルーズ旅行と言うと、大豪華客船でセレブリティが夜な夜なパーティとカジノに明け暮れる超上流階級の旅行だと、日本だと思われがちであるが、そんなことはない。そこはさすがヨーロッパ、様々なランクのクルーズ旅行がある。私たちが利用したのは主に、ファミリー層向けと言われている、MSCクルーズとコスタだ。コスタはハネームーン時に利用し、MSCは今回利用した。基本的な船の構造は一緒。レストランがあり、プールがあり、バー、ショップ、カジノ、ミュージカルホールがある。値段もほぼ同じだ。違いは、コスタの方が少し豪華な船内で、MSCの方が料理がおいしい。コスタには複数のレストラン(追加料金要)があるが、MSCはメインのレストランのみだ。しかし、コスタは毎日の食事が楽しみではなかったが、MSCはそれなりにおいしく、楽しみにレストランに行けた。子供向けの料理もあり、味見したが結構おいしかった。娘は買ってきた離乳食と柔らかいパンしか食べなかったけど。そろそろ食の好き嫌いが出てきて、困る時期で離乳食を拒否したりする。それでもパンはずっと食べ続けるので、とりあえずパンを常備していれば安心ではある。あと、なぜかブロッコリーが好きで、レストランでも出てくるのでそれを食べさせた。妻曰く、何かのサイト情報で、「ブロッコリーを食べていればとりあえず大丈夫」と記載があったようで、まぁならいいか、と。。

”Why?”をクルーズのレストランで優雅に(?)している食事中の娘、髪がないけど、女の子です。半年たった現在も髪増えたのに、男の子に間違われます。
こちらは2014年に乗ったコスタの船の写真、こう見ると大きい。

MSCはサービスがひどかった。部屋についたらカードキーが利かず、ポーターやサービスデスクに何回もお願いしに行って2日目にようやくカードキーを取り換えてくれた(その間、鍵自体が壊れているから直す等々でカードキーを交換してくれなかった)。また、船内ところどころエレベーターのボタンがはがれていたり、残念なところがある。そういうのを気にする場合はコスタの方がよいだろう。豪華感はコスタの方が高い。部屋は少し高くても窓側をお勧めする。船内の窓がない部屋だと圧迫感がすごいと想像される。今回はダブルベットに親子3人で川の字で寝た。

コスタで寄港した港町(ちょっと当時と違うが)、ラ・スペツィアからはフィレンツェに行ける。記載がないが、ベネツィアを含む4大海洋都市国家のジェノバにも寄港して、そこが妻と私の一番のお気に入りだった。

ハネムーンの時はドバイ経由の飛行機でバルセロナ発クルーズだった。12月31日に日本帰国着の予定だったのだが、なんと帰国時のドバイのトランジットが飛行機遅れのせいで失敗して、エミレーツ航空の人に「Please come 24 hours later」と言われ、24 hours!!!?と思った。が、せっかくなので、ホテルを取りドバイ観光をした。保険で、ホテル代等々も落ちた。しかし、年末年始ということで、ドバイは激混みで交通機関もあまり発達していなく(高いビルはいっぱいあるが、当時はそれに公共交通が追い付いていないイメージだった)飛行機に遅れるのでは?という心配性私のせいもあり、人生で初めて妻と喧嘩した。ハネムーンあるあるだが、これが今のところ唯一の喧嘩(なぜなら家庭では私が下だから。。)。

さてMSNの旅程は以下の通り。全て記載すると長くなるので今回はかいつまんで記載したい。

今回の旅程はアルバニアの代わりにサントリーニ島の上のミコノス島寄港

まずヴェネチアだが、ホテルが高い。今回もBooking.comで探した。Hotel universo e nordだ。これまでの平均を考えても少し高めの値段で泊ったのだが、建物は継ぎ足し感満載の迷路のような廊下で部屋も狭くて小汚い。しかし、ヴェネチア唯一の鉄道駅からは近く、幼児がいるとそういう部分はケチれないので仕方がない。到着日はMBA同級生のFrancesco(イタリア人、ヴェネチアの北、オーストリア近くが実家)に教えてもらったOsteria Bea Vitaへ。この界隈はあまり観光客も来ないエリアのようだが、水路わきにレストランが並んでおり、どれもいい雰囲気でおいしそう。そして、ちゃんとベビーチェアがある。本当、ヨーロッパにはどこにでもありますな、ベビーチェア。次の日は午後にクルーズ搭乗なので、サンマルコ広場等々の観光地を回った。とにかく人が多かった、スリに常に注意しながら街並みに感動してクルーズへ。微妙に港に行きにくく、タクシーを使ったのだが、実はモノレールがあることを後で知った。

左から二番目の日本ハチマキをしているのがFrancesco。MBA内で企画した酒Partyの一幕。
真ん中のハートマークがホテルの場所でその左となりが唯一の電車駅。右上の緑マークが夕食場所。左下がクルーズ船の寄港地だ。実は真ん中下の緑マークが複数あるところからモノレールが出ているのだが、後で知った。

ヴェネチア出港はロマン溢れる。ヴェネチアの大動脈と言われるカナル・グランデはさすがに通れないが、左手にヴェネチア本島、右手に群島を見ながらの出港だ。次の寄港地はクロアチアのSplit。初のクロアチア入国だ。GCPでクロアチアに行った日本人から、ここも料理がおいしいと聞いていた。ただ、Splitやドブロブニクはもはや観光地のクルーズ客狙いなので、基本高い。が、Splitでは頑張って歩いて探して少し離れたところのレストランŠperun trgで食事。値段もそこそこでおいしかった。

ヴェネチア出港時、娘は爆睡。

次の寄港地は今回のハイライトでもある、青と白の建物が有名なサントリーニ島だ!ここに行くまでは距離があるので、船内で過ごす日が1日ある。この間は、プールに行ったり、ベビースペースに行ったり、昼からビールを飲んで、ソーセージを食べたりしている。ちなみに、船内フードは基本料金に含まれていて、飲み物は個別に頼むか、飲み放題プランにするかだ。ハネムーン時は飲み放題プランにしたが、今回は娘がいて、妻も授乳中だし、それほど飲むタイミングもないだろうということで個別にした。それでも、寄港地では毎昼ビールを飲ませていただきましたが。

今回の船内写真がなかった。これは2014年のコスタの船内写真。クリスマスの日の一幕だ。

さて、サントリニー島。クルーズ旅行の利点はなんといっても、寝ている間に移動してくれ、大きな荷物を持ち歩かなくてよいことだ。一方で、欠点は船の出港時間は決まっているので、あまり観光の時間がないということだ。寄港地毎にExcursionと呼ばれるオプショナルツアーが用意されている。クルーズからサントリーニ島の港へは小舟のピストン輸送ということで、並ばないといけないのだが、ツアー(Excursion)だと優先的に小舟に乗ることができる。よって、よい旅程があればそれを申し込んだのだが、サントリニー島では今回行きたいメインのOia(イア)のみのExcursionがなく、個人で行くことにした。その場合、小舟の整理券を取るために事前に並んだ。無事、一番早い船の整理券を得ることができた。小舟の寄港地からはケーブルカーで頂上の町Pyrgosへ行き、そこからバスでOiaだ。

右下が船がとまる町、そこからバスで40分ほどで左上のOiaが白と青の家々で有名な場所だ

Oiaは期待通り美しい町だった。一通り回って、レストランへ行った。ツアーだとレストランに寄る時間があるものがなく、是非この美しい街並みと海岸を背景にお昼を食べたかったので、これがハイライトのハイライトだ。この時もいくつかレストランを回り決めた。ギリギリ最後の一つに残っていた窓辺の席に座れ、本当に優雅で最高のひと時を過ごし、気持ちも高揚した!!しかし、この後まさか、あんなことが。。。

いい場所だったが、GoogleMap上だとどれか分からなかった。行けば分かると思うけど。。
景色と相まって、絶品

油断した。。ビールも飲んで大分気分が良い中、財布を適当にバックに入れてしまったのだ。。帰りのケーブルカーに乗るときにお金を払うために財布を探したところ、なくなっていた。スラれたのか落としたのか定かではないが、これまでMBA期間中何回もスリが多いところに行ったが、何も問題がなかった。それが、最後の最後でこの失態。妻も私も気持ちが落ち込んでしまった。幸い、妻のカードは別の財布に入れていたので、それで今後の支払いを実施した。本当に、海外旅行は常に気持ちをしっかり持っていないといけないと、改めて、思った。この後、夜にミコノス島に寄港したのだが、外に出る元気もなく、戒めも含めてこの日は船内で待機した。

気持ちをもどし、次の寄港地ドブロブニクでは楽しんだ。魔女の宅急便の町と言われているドブロブニク。この城塞都市はかっこよかった。この時ブランチ(というかワインを飲んだだけだが)をドブロブニクを望む山にあったRestaurant Panoramaで、お昼を城壁内で食べた。しかし昼食前、娘が私の抱っこ紐を嫌がり、妻が抱っこ紐をしていたのだが、もうこの歳の幼児の重さは女性にはつらかったようで、お昼はすぐに見つかる大通り沿いで食べてしまった。正直味はいまいち、お金は高い。この後、元気になって少し路地裏を散歩した。明らかに、そこの方が雰囲気もよくよさげなレストランがたくさんあった。やはり、レストランは路地裏に限る。ドブロブニクは残念ながらもう観光地化しており、非常に多くの人、少し趣きが足りなかった。以前ハネムーンで行った、フィレンツェも人でごった返しており、同じ感じを受けた。それでもドブロブニクは行きたい場所だったので、観光することができてよかった。

ドブロブニクの城壁を見下ろすレストラン、予約なしで入れた
間違いなくここら辺の路地裏お店がいい

一方で、最後の寄港地イタリア・アンコーナは期待していなかった事もあり、非常に我々の点数が高かった。まず、町がガヤガヤしていなくて穏やかで、海も穏やか。路地も小奇麗ながらも昔の街並みが残っていてカワイイ。丘にある教会や壁も遠くから見るとカッコよく、往時はサラセンの海賊の接近をここから注視していたのかと思わせる(本当にそうかは知らない)。食事も街中の歩道のテラスで。おいしかった。

最後にヴェネチアに戻り、ヴェネチアングラスで有名なムラーノ島へ行こうと思っていた。が、なんと、スーツケースが出てこない。。クルーズでは下船の前日にスーツケースを部屋の外に出しておくOperationで、それを下船後に受け取る。しかし、既定の順番になっても出てこない。。我々以外にも数名同じ状況の人たちが。。。大分時間が経って、スーツケースが出てきた。理由が分かった。順番を示すシールを縦に貼るべきものを横に貼ってしまっていたからだ。まぁ、貼り方が悪かったのだが、それくらい見て欲しい。。おかげでムラーノ島に行く時間はなく、と言いたいところだが、飛行機の時間を考えるとドダイ無理だったかもしれない。ムラーノ島に行く船はスリが多発地帯らしいので、この時は行かない方がよかったのかもしれない。ムラーノ島は諦めてゆっくり水路沿いで昼を食べ(この時も路地狙い)英国に帰国した。

このMBA生活で、私は10か国にVisitし、娘は1歳にして8か国を制覇した。ヨーロッパMBAの真骨頂?ですな。ありがたいことです。そして、改めて本当にスリには注意し、不要なカードや現金は別に保管しつつ、持つ場合も分散させるべきだと実感した。

リスク回避策必須!イギリスの公共交通機関;Cambridge生活Hints&Tips後編

外国に住む、とやはり日本が恋しくなる時もあるし、日本の方が何かと安心だなと思う。しかし、不思議なもので、ヨーロッパ旅行から帰ってくると、「Cambridgeに帰ってきたな」と安心するようになっていた。まるで、日本にいて(阿佐ヶ谷に住んでたのだが)中央線で中野辺りに着くと「あぁ、帰ってきたな」と感じるのと同じ思いだった。

自分にとって、そんな思いになったCambridge、前回は生活の基本について記載したが、今回は悪評高い公共交通機関。ちなみにもう一つ悪評が高いのはイギリスの医療制度NHS(Naitonal Health Service)だ。イギリスの選挙の時にも毎回何かしら話題に上がる。いきなり脱線するが、このNHS、私としてはそれほど悪くはなかった。最も大きい悪評は、「予約しても待ち時間が長い!」だ。実際ロンドン在住の同級生(中国人)が子供を産んだ後よく病院に行くらしいのだが、待ち時間の長さに辟易していた。しかし、そこは田舎のCambridge、基本予約しないと受け付けてくれないが、待たされたことはない。その代わり、時間通りに行かないと別の日に回される。VISA取得時に比較的高額な保険料を払うのだが、医療は全部基本タダだし、薬も安かった。

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イギリス人が考える重要な政治的課題、いつもNHSは上位。上記は2015年。

さて、公共交通機関の話に戻ると、Cambrige内の公共交通機関はバスが基本。が、日曜日はお休み・・・なんで?やはりそこらへんはキリスト教の流れなのか。おかげで日曜日に家族にどこか行くためには歩きかタクシー。Uberだと中心まで8£くらい。バス自体もCambridge中心まで一人2.5£で少し高め。当然のように時間通りには来ないため、平日の通学は自転車か歩きにした。最終的には、自転車の小回りが利かない感じが嫌で徒歩通学にした。毎日40分の往復だが、運動がてら悪くない。タクシーはUberかPantherというLocalタクシー。どちらもアプリで呼べるので、どっちでも良いと思うが、他国でも使えるのでUberを使っていた(実はそれぞれの国がUberよりも安いRide-hailingアプリがあるパリならKapten、イスラエルならGett等)。

「cambridge bus map」の画像検索結果
Bus Map、実は他のバスもあるので、City Centreまで行く最適解を理解するまで時間かかった。。。

とはいえ自転車は必要。家は東側だが、技術系の研究所の多いWest Cambridgeに行くには自転車がいるし、一人でロンドンとかに行く場合も自転車で駅に行く。ちなみにWest CambridgeにはChurchill Collegeもあり、やはり理系のノーベル賞受賞者が多く所属している。Cambridgeは犯罪も少なく、東京より安全だと言っていいと思う(ロンドンはテロもあるし、それでなくても危険だけど)。唯一あるのが自転車盗難。ただ、それも定期的にCambridge外から窃盗団みたいなのが夜中にやってきて根こそぎ盗んでいくもので、Cambridge内に盗難者が多いということではない。そして、私は8月に新品で110£ほどで購入した自転車を8月に盗まれた。Judgeの敷地内にチェーンで止めていたのだが、その敷地は誰でも入れるしチェーンは壊されやすいと言われていたのに変えなかった。自転車はCollege内等のClosedな敷地内にとめ、鍵もU字型のしっかしりたものをお勧めする。学生は中古を購入するのだが、私は8月に来たので、最初は中古購入の機会がなかった。ただ、盗難後はJudgeのAlumniによる中古購入会にて70£で購入。ボロボロで、6か月後に壊れて、また新品を購入した。Cambridgeの自転車生活は無駄にコストをかけてしまった気がする。

自転車といえば、Cambridgeでは有名なようで、テイラー・スウィフトも御用達のCambridge Satchelは自転車がロゴマークだ。当然私は知らなかったのだが、妻が知っていて、バックを購入していた。私も就職後用にノートカバーを購入した。リーズナブルで、なんと学割も効くので是非お土産や自分用に購入したらいかがだろうか?

購入したCambridge Satchelのノートカバー、自転車のロゴマーク、中々良いと思う

日本への帰国や旅行時には当然空港を活用するが、イギリスの主要空港はいくつかあり、私が使用した空港をあげると、ヒースロー空港、スタンステッド空港、そしてルートン空港だ。日本人になじみがあるのはヒースロー空港だろう。日本への直行便は(調べてないが)基本的にこの空港発着。しかし、国際空港あるあるだが、特にCambridgeからはなんとも行きにくい場所にある。電車を使うと、ヒースローからパディントン駅まで15分、そこからKingsCross駅(ハリーポッターの9と3/4ホームがある駅)まで20分ほど、KingsCrossからCambridgeまで1時間だ。実際は待ち時間や乗り換えで2時間以上はかかり、Cambridge駅から自宅まではUberとなる。National Expressというバスもあり、こちらは直行なので楽だが時間は3時間近くかかる。どちらをお勧めするかは悩ましい。一方でスタンステッド空港はCambridge駅から直通で30分いかないくらいだ。よって、ヨーロッパ旅行をするときはもっぱらスタンステッド空港発着の便を狙う。ルートンは電車だと行きにくいがヒースローよりは近くバスで1時間くらいなので、スタンステッドがないときはこちらを使った。同級生と旅行に行くときはハイヤーを頼んでShareすればルートンまでも行きやすい。

最後に、帰国時の注意点だ。まず、バスや電車は故障や大幅に遅れたり急にCancelされたりする。それも日本とは比較にならないほど頻繁に。1年住んでいたら10回くらいはそういうことに遭遇すると思っていた方がいい。実際、Japan Trekのために日本へ単独で一時帰国したさいには、乗る予定だったCambridge駅からKingsCross駅までの電車がCancelされて次の電車に乗ったのだが、危うく飛行機に乗り遅れるところだった。それもあってか、航空券には「離陸の3時間前には空港に着くように」と記載がある。日本だと2時間前だと思うが。が、それでも危険。私の本帰国時、9月中旬だが、ヒースロー空港からの直通を家族3人分予約していた。今回は荷物も多く幼児もいるのでCambridgeからのNational Expressを予約した。上記の危険性は知っていたので、4時間前に着くバスを予約し、子供はKids Spaceで遊ばせながらのんびり飛行機を待つ予定だった。それが、3時間の遅延により、ギリギリのチェックインとなってしまった。経緯を書くと、まずCambridgeのBus Stationには時間通りバスが到着した。これで遂に帰国だ、と妻共々少し感慨にふけっていた。が、そんな思いを壊す事が。。中継地点のStansted空港に着く前でバスの故障が告げられ、バスの乗り換えが必要と言われた。そのバスの乗り換えで90分ほどStansted空港で立ち往生。当然私や他の乗客も飛行機の時間を言って「間に合うのか?」と詰め寄るがスタッフは「たぶん大丈夫だろう」というだけ。私達より1時間早い便の人たちもいて、私でさえ「本当に大丈夫か?」と思った。そして、バスが来たのはいいが、今度は渋滞でヒースロー空港にいつ着くかも分からない。結果、我々は離陸の1時間前くらいにチェックインカウンターに着いたのだが、何人かはきっと飛行機に乗れなかったと思う。この帰国は結構恐怖だった。妻と二人ならまだしも(実際ハネムーン時に、飛行機が遅れて乗り換えができず、ドバイで24時間過ごしたことがある)、幼児を連れての飛行機乗り遅れによる空港Stayは恐怖でしかなかった。(ちなみにこの前の週にアドリア海クルーズに行ったのだが、そこでうつったのか、私は下痢と嘔吐で帰国準備できず。そして、さらにそれがうつって、妻が飛行機で下痢嘔吐。娘はフライト中ずっと大泣き。さらに帰国した夜、今度は娘が下痢と嘔吐。。大変だったが、本当に帰国できてよかった。)

以上、やはりMBAというだけはなく、1年海外に住むと色々と学べる。違う生活という物が世の中にあるということが肌感覚で分かる。そして、海外滞在/旅行スキルは格段に上がったと思う。だとしても、調子にのらず(実際油断したら上記のアドリア海クルーズで、サントリーニ島で財布を盗まれた。。。)海外渡航をすべきだと思う。

食、家、イベント;Cambridge生活 Hints&Tips前編

最近Economist誌に出ていた世界の生活費が高いランキングを見ると、1位はパリ(ですよね、でもスイスの方が安い)で、なんと大阪が5位!!一方でロンドンは22位だ。確かに、イギリスの生活費は、住むという観点では安いと思う。 Cambridge生活を始めたばかりの時に、Cambridge生活の基本なるものを投稿したが、その後帰国して、「あまりにも基本過ぎるな・・・」と思い(海外生活初心者なので仕方ないが)、1年生活した結果のHints&Tipsを記載したい。

Economist、The world’s most expensive cities より

まずは「食」から。イギリスは食費が高い!!と言われるが、それは観光、つまり外食の話だと気づいた。スーパーの材料は安い。肉、野菜、アルコール。どれも安い。これはイギリス(というかアメリカやヨーロッパ)を電車で旅すると分かるが、基本平野(逆に西欧人が日本の新幹線に乗るとどこまでも町でびっくりするようだ)。よって、日本と異なり農地が広く取れるからだろう。高い(もしくは売っていない)のは、やはり魚介類。サーモンは売っているが安くない。唯一安くて味が良いのが「鯖」、さすがに毎日食べると飽きるので週一にしていた。お肉はなぜか牛肉があまり味がよくなく、豚肉がおいしかった。家に一番近いスーパー(というかコンビニの大きさだが)はCo-opで、一通り揃っている。ただ、肉は他の大手スーパーのSainsbery’sの方がおいしい。なので、大学の帰りにわざわざSainsbery’sに寄って豚肉を購入していた。日本の概念のコンビニはなく、スーパー各社が小さめの店舗を展開しているイメージで、品ぞろえは特有ではない。日本のコンビニがすごい!と言われる所以だ。24時間営業がどうかという議論がるように、Cambridgeのスーパーやコンビニライクな店は11時には閉まる。

Sainsbury’sの場所、Cambridgeの中心と言ってよい場所にある。自宅からは遠いけど。

料理については、どの家もガスがなくIHヒーターのため火力が弱い。その代わり(?)、どの家にもオーブンがある。なるほど、英国人は基本オーブンを使うのだな。ということで、オーブン料理を日本のデリッシュキッチンとかで調べるのだが、あまりレパートリーがなく、妻が苦労していた。オーブン料理は材料を切って、入れるだけなので楽。さすがイギリス。。。

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見た目はいいが、実は切って置くだけだったりす。逆に時短レシピと言える。

家については、やはり日本と違い色々と大変。まず探すのが大変だった。Cambridge学生は基本的に所属College内に住むことになるが、家族連れの家をCollege敷地内に持っているCollegeは少ない。唯一Churchill Collegeは敷地が広大で家族用住居を敷地内に多数有していることで有名。ただし、Cambridge中心部からは遠目(と言っても歩いて20分くらいだが・・・)。そのため、Collegeが借り上げている住居を借りるか、自身で探すことになる。私が所属したDowning Collegeも敷地内に家族用住居はなく借り上げもなかったため、自身で探した。自身で探す場合はCambridge大学全体の住居借り上げサービスを使うか、民間の業者を使うかになる。一般的な話だが大学のサービスは手続きが楽だが、選択肢が少ない。民間は選択肢が多いが手続きがめんどくさ(そう)く、手数料等色々かかる(と思う)。民間もrightmoveというサイトから探したり、直接不動産屋に赴いたりしたが、よい家が見つからず、結局大学のサービスを使った。金額イメージはCambridge中心から歩いて15分くらいで1500£/月くらいで、私の家は歩いて40分くらいで1000£/月だった。月13~15万円くらいか。

Lent Termの最後の授業後の飲み会も広いChurchill CollegeのCoat(庭?)で実施された

ただ、私の場合12月に妻子が渡英するということで、それに合わせて家をさがしたのだが、当然学生の入れ替えが激しいのは8月~9月。あまりよい物件が見つからず、遠いところになってしまった。私はよいが、妻子には不便。というのも、後述するが基本交通機関のバスが使いにくいからだ。一方で間取りは十分、2LDK。0歳児との3人暮らしだ。ちなみに家具は基本的についている。エレベーターなしの3階で、ベビーカーやスーツケースの上げ下ろしに苦難するのが難点。また、英国特有かどうか不明だが、基本マンションの洗濯機は共用で家の外にある。しかも、おそらく100世帯はいると思われるのに、洗濯機と乾燥機が各3台。少なすぎる。特に土日はいつも混んでいて妻が困っていた。そして、ここはコインが必要!!他の支払いはほとんど銀行のDebitカードなのに、洗濯機のために現金を使っていた。ちなみに、普段の支払い用にMonzoやRevolut等のFintech銀行を契約していた同級生(日本人も含めて)もいたので、それらを使うのもいいかもしれない。電気水道ガスであるが、上述のようにガスは使わない、ヒーターも電気。水は家賃に含まれていた。WiFiはマンションで飛んでいるのもあるが、高いため、別契約をした。水回りがいまいち汚く、特に備え付けのバスタブは入る気にならず、シャワー。0歳児用の風呂桶はAmazonで購入。まぁ1年も住まないので我慢ということにした。とはいえ全体的には悪くない。人生初の田舎くらしと思えばそれもまたよい経験。

右上の赤ポチが自宅、南にCambridgeの中心街がある。右下が駅。

子連れの平日や土日は教会や図書館のプログラムに行っていた。一方でMBA生としての私はイベントをFacebookで探して行くことが多かった。日本ではあまり馴染みがない(or 私がおっさんだから知らないだけ)が、自身の居住区をFacebookに登録しておく(もしくはネットワーク的にみているのか)と、周りで開催されるイベントがしょっちゅう通知される。そして、それぞれ中々面白い。Night Museumや公園でのBeer Garden、College主催の晩さん会などだ。日本だとあまり通知がこないので、やはりイギリスの方がFacebookを使ってイベント告知をするのが一般的なのだろう。Museumの話をしたが、イギリスのMuseumは基本タダ。ロンドンの大英博物館もナショナル・ギャラリーもタダだ。実はCambridgeにもMuseumがいくつかあり、特にFitzwilliam Museumは見ごたえがあった。Judgeの近くにあるので、勉強に疲れたらフラッと入ってリフレッシュするのにも使えた。月曜日休館には注意。

「Fitzwilliam Museum」の画像検索結果
Fitzwilliam Museumの外観
Fitzwilliam Museumから見たJudge Business School。右奥のカラフルな建物。つくづくいいところに学校があるなと思う。

お勧めしたいのはなんと言ってもPunting。Cam川を小さめの船で決まったルートを往復する。College群が見れて非常に良い。ビールを飲んだり、ワインと軽食を持ち込んでも良い。同級生も暇なときは「Punting行こう!」となってよく乗っていた。

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自分で漕げる。結構自分で漕いでいる人は多い。何人か川に落ちてたけど(笑

また土日は地元のPubが人気だった。Milton ArmsというPubで、Hungry Horseというイギリスのチェーン店。 このMilton Arms、料理も大したことないし完全にチェーン店なのだが、なぜか愛着が沸きよく家族でもお邪魔した。基本ビールのカールスバーグ、1パイント(約560ml)が1.75£で破格のお値段。もちろん、Cambridgeの中心ではこの値段はなく、私の家が郊外だからなのだろう。オジサン達は昼から飲んでいるし、普通に食事もできるので、家族連れも多い。

上の赤丸が自宅、下の赤丸がMilton Arms。ちなみにもっと下にCo-op(Co-operative)がある

今回は基本生活について紹介した。1年だったが、結構満喫したなと思う。次回は交通機関について記載したい。

理由が難しい:イギリス食文化

ポルトガルに旅行した時にレストランかお土産屋さんで、「ポルトガルはかつて7つの海をまたにかけた、だから料理がおいしい!」と記載があった。この時、「じゃぁなんでかつての大英帝国、イギリスの料理はあんなにまずいんだ?」と思った。イギリス人にとっては天気の悪さと共にすでにブラックユーモア化している料理のまずさについて、その理由を分かる範囲で記載したい。ちなみに、検索するといくつか理由が出てくるのだが、なぜか個人的にあまりしっくりこない。たぶん本格的な研究はなされていないのではないだろうか。

結局結論は分からないこともあり、今回は短めに。ただ、スコットランドの首都エディンバラはムール貝がおいしかったし、ドーバー海峡沿いにあるBrightonはシーフードがおいしいと聞いているので、もちろん一概には言えないが。

イギリスのご飯の話をすると年上の方は「そうは言っても最近はおいしくなってるよね(らしいね)」とおっしゃる。私からすると「そうは言ってもまずいです」。もしかしたら大体日本人が行くところはロンドンで、ロンドンはおしくなっているのかもしれない、お金を払えば。。。と言いながら、よく言われる「イギリスって高いよね」という話、確かに外食は高めだが、イギリスの生活費用はそんなに高くない。Cambridgeが田舎だからかもしれないが、食費が安い。ビールもワインも、お肉も、野菜も全てが日本のスーパーより安い(魚介類は高いし手に入りにくいが)し、味もよい。あぁ、それなのになぜレストランで出てくるお肉はまずくなってしまうのだろうか。

この一つにまずイギリス人自体が比較的食に興味がないことがあげられる。妻の友達のフランス人の旦那さんは、職場でご飯の話やそれをどうおいしく食べるかの話をしても、なんとなく話がかみ合わないらしい。むしろ白い目で見られることも。これは食に執着するのはよくない事、という文化、「紳士は質素に」、があるからのようだ。でも日本人も(昔の紳士階級に相当しそうな)武士は食わねど高楊枝ではないか。

他の理由として、これは日本人の同級生が言っていたのだが、農村で地元料理が洗練される前に産業革命が起きて人々が都市部に流れたから、ということ。でも、産業革命前からそれなりに長い間、固定された土地に住んでいたのではないだろうか?ノルマンコンクエストが1066年で、産業革命までの約700年では足りないのだろうか?でもノルマンコンクエストでやってきたのは貴族なので、結局地元の農民達はその前も後も労働力として地元に住み続けているのではなかろうか?

ということで、やはり結論は分からないのだが、イギリスの食事がまずいというのは誰しも思うことらしい。Cambridgeでは、タイ、中華、ベトナム(Phoというフォーのお店にアイルランド人のRebeccaは2日に1回くらい行ってた)料理というアジア系が欧米人含めて人気だった。我々はピクニックや遠出するときは、ご飯を鍋で炊いて、おにぎりと卵焼きを作り、市販のソーセージとキュウリ程度でお弁当を作ったこともあった。まぁ日本人だからですが、その程度でもどこかで買うより断然おいしい。。

1歳児の誕生日2泊海外旅行:フランス共和国

イギリスは寒い。イメージ通りだ。よって、家にはクーラーが備え付けられていない。しかし、昨今は温暖化の影響で、真夏は暑い。私がCambridgeに着いたときは8月初であったため、非常に暑く、クーラーがないことを知り「大丈夫か?」と思った。一応その時は夜になって窓を開けると涼しい風が入ってくるので、熱帯夜を感じることなく寝ることができた。が、今年(2019年)はさらに暑く、寝苦しい日が続いた。そして、ヨーロッパ中が観測史上最高温度を記録した日に、我々は、あこがれの町パリにいたのだった。。。

妻はパリに行く事がひとつの夢であったので、Cambridge滞在中に実現すべく、7月の最終週の娘の初誕生日にかぶせてパリに行く事にした。飛行機だと、3時間前とかに飛行場に行く必要があるため、Eurostarを選んだ。King’s Cross駅の横のSt Pancras International駅からGare du Nord(パリ北駅)まで約2時間半だ。当然、娘は2時間半もジッとしていられないのでグズリ、電車内を車両から車両へ何回も往復することになるのだが仕方ない。

パリ北駅は少々危ないといわれているので、さっさと地下鉄でホテルへ。荷物が少なくて済むのがよい。ホテルはTemple駅近の「パリ・フランス・ホテル」というべたもべたな名前のホテル。2日間で330€くらい。まぁ、家族3人でパリなので、仕方がない。部屋も綺麗で十分広くて朝ごはん付き。一度安くて狭い部屋で大変な思いをしたので。今回もBooking.comで予約。

今回の拠点、パリ フランス ホテル。アクセスもよい。

ホテルに荷物をおいて、1日目はルーブル美術館の入り口確認とエッフェル塔、凱旋門からのシャンゼリゼ通り巡り。なぜルーブル美術館の入り口確認が必要だったかというと、私がルーブルのチケットネット予約を忘れ、当日券の購入が必要だったからだ。そして、この週は世の中も夏休み。なるべく早く当日券を購入するため事前確認に来た。ネットで情報を得ていたため、すんなり確認し、バスでエッフェル塔へ。しかし、バスに乗った瞬間、激熱。。実はパリも基本的には涼しいため公共交通機関内にはクーラーがない。この日の温度は40度近く。これは子供の健康にも悪いということで途中下車。Uberを呼ぶも、来るまで時間がかかり、外で待っていられないということで、近くに止まったタクシーでエッフェル塔へ。しかし、フランス語で(おそらくわざと)値段を言われ、現金を出したのだが、正直ボラれた。暑くて、涼んで着くことを優先したため、強い心で反論できなかった(反論するにも体力がいる)。その後、凱旋門からシャンゼリゼ通りと観光をしたが、正直暑すぎてあまり満喫できなかった。

夕飯はLe Baravというお店へ。ホテルの近くを予約した。事前にTrip Advisorで調べていたが、ワインのおいしいお店ということだ。せっかくのパリなので妻もワインを飲みたいということでこのお店にした。

実際にワインがおいしく、価格もそこまで高くはなかった。メニューはつまみ系が多いイメージ。他のテーブルを見渡すと、みんなチーズプレート1枚にワインのボトルを1つか2つという人たちが多いよう。飲み会や外食ではたくさん食べるというよりも、つまみによく飲むということが多いのかもしれない。食べる量が無駄に多くないのは大事なのだろう。街を歩いていても、明らかにイギリスよりスタイルがいい人が多い。Fish&Chips、特にChipsばかり食べているイギリス人とは生活習慣が違うからだろう。MBA中に工場見学の途中でお弁当がでたのだが、サンドイッチ、水、フレッシュフルーツ、そしてポテトチップス。なぜか常にポテトチップスが付いてくる。これがご飯の一部ということなのか。とか言いながら、このお店でも私は大目に食べ物を頼んで食べてしまったが。。

ちょっと頼みすぎた、、しかもハム系が二つ、、おいしかったのでいいけど。

二日目はルーブル美術館へ、この美術館は何度行っても楽ししい、妻も当然娘も初めてだ。しかし、昨日確認した入り口に朝8時ころに行ってみると、なんと、当日券は売れないとのこと。大混雑が予想されるので、ネット予約のみのようだ。いまさらながらネットの時代、、チケットはなんでも事前に購入しておくべきですね。。まぁ、電車予約、ホテル予約、夕飯のお店予約、に忙殺されて忘れてしまったんですが。。仕方ないので、近くのl’Orangerie(オランジュリー)美術館へ。ちょうど開館もルーブルより遅かったので、時間的によかったし、朝の比較的涼しいルーブルからオランジュリーへの散歩も気持ちよかった。しかもヨーロッパは幼児連れには優しく、優先列から入館できた。ここにはモネの睡蓮がある。実は、「仕方がない」とか言いながらここは世界中の美術館の中でも来たかった場所の一つ。その睡蓮が壁一面に展示されているのだ。妻も読書が趣味なのだが、私と違って小説をよく読む。その影響で妻の読んだ本を私もいくつか読むのだが、その中でも浜田マハが非常に好きだ。そして浜田マハのエッセイの中にこの壁一面の睡蓮の話があり、それを読んでから非常に訪れたい場所となっていた。そして、予想通り素晴らしい。美術館自体も外装内装が美しいし、その中のこの睡蓮自体もよかった。他にもルノワールやマティスの絵が展示されているのでお勧めだ。

オランジュリー美術館はルーブルとも近く、プラン変更しやすかった。ちなみにすぐ南にはオルセー美術館もあるのでそちらもあり。
これが噂の睡蓮!すばらしい!!

オランジュリーの後は歩いて6区と呼ばれるお洒落なショップやブティック並ぶ街区へ。ここにはダヴィンチコードにも使われた教会がある。が、そろそろお昼近く、観測史上最高気温が我々にも襲ってきた。結局早々とランチ。お昼は適当に探したのだが、なぜか日本人しかお客がいないお店だった。Crêperie des Canettes。何かの雑誌にでも紹介されているのだろうか?確かにおいしかった。やはりパリは違う。後で調べたらここはガレットが有名なお店だったようだ。

この後はピカソ美術館へ。ピカソ美術館にはいくつか有名な絵があると事前にブログで確認していたのだが、どうやら収蔵数が大分多いらしく、確認したブログに載っていた作品の半分も見ることができなかった。ただ、ピカソ「っぽい」作品はたくさん見れたので、娘のピカソ デビューということで一枚。いつかはゲルニカを見に行きたいと思っている。

夕飯の前に時間があったのでパリをブラブラ。実は私、ネクタイが欲しく探していた。以前新婚旅行でフィレンツェに寄ったときに購入したネクタイが安くてもよい柄だったので今でも使っているから、パリにもそういうのがあるはずだ!と思っていたからだ。しかし、デパート等に行っても高額だし、有名なブランドも当然高額。が、夕飯のお店の近くに、これまたフラッと入ったお店、mario dessuti opera、ではネクタイが25€(だった気がする)均一で売られていた!しかも見た目もよい。2掛け購入した。やはりスーツ関連は本場の西洋に限ると思う。

さて、夕飯だが、これが今回のハイライトだ。娘の初誕生日のために(実際は我々がおいしくご飯を食べるために、なぜなら娘は離乳食)、予約をした。Juvenilesというお店なのだが、実は、妻がCambridgeで知り合ったフランス人を夫に持つ日本人の女性に教えてもらったとのこと。彼女たちの趣味は食べ歩きで、パリに住んでいた時には、それを楽しみに生活していたようだ。翻ってCambridge、「趣味が一つ減ってどうしようかと思っている」とのことだった。そんなお友達に紹介してもらっただけあり、何を頼んでもおいしい!!イギリスの味に慣れていると、ヨーロッパ全体がこんなもんかと思い始めてしまうが、イギリスが特別だということを思い出した。これこそ正にお金を払って食べる外食だよね。イギリス人的にはもはやブラックユーモアな部分もあるが、なぜこれほどまずいのかは気になる。別途これについて記載してみたので、気になる方はご参照のこと。さて、子供の誕生日といっても、何をするでもなく、日々大変な思いをしている妻とワインとおいしい料理を楽しんだ。

最高に美味の今回の夕飯のお店(なぜか周りに日本食店が多く、ラーメン屋がたくさんある)。 1789年7月12日の午後、「諸君、武器を取れ!!」と大きな声でカミーユ・デムーラン が演説した、パレ・ロワイヤルの近く。

最終日の3日目は有名画家達が愛した地区であるモンマルトンの丘へ。なぜここが画家達の町になっているかというと、過去のこの辺りは地価が安く(丘の上で移動に不便)有名画家達が世に出る前に住んでいたからだとのこと。とりあえず有名なサクレ・クール大聖堂は見ておいたが、目的は娘の似顔絵を描いてもらうこと。というのも、ここにあるテルトル広場は多くの無名画家達が青空の下創作に励んでおり、有料で似顔絵を描いてくれる。最初によさそうな雰囲気の画家がいたのだが、交渉に行くと我々が日本人と知り、「俺はキムタクの絵も描いた」と写真を見せてきて、どう見ても嘘。妻も絶対ヤダとのことで、別の画家へ。何人かのところで交渉したが、結局女性の画家に決めた。良い雰囲気のおばあさん。他の画家の方はスマフォで写真を撮って書いてくれるので、その場にいなくてもよいのだが、この人はスマフォ禁止。逆にそれに親近感を持った。値段は交渉すべき。娘のみか、3人を描いてもらうかで値段も違うし、画家個々人でも異なる。確かな値段は忘れてしまったが、確か3人で80€くらいだったので、今回は娘のみ30€くらいで描いてもらった。30分くらいだったと記憶する。そのあと近くのお店でお昼を食べて(当然私はビールを飲み)、Eurostarで帰英。全体として、もちろん良い旅であったが、やはり歴史的猛暑の影響で、特に1日目はあまり楽しめず、シャンゼリゼ通りももっと優雅に歩きたかった。今回はルーブル美術館も行っていないので、次回もう少しゆっくりしたいところである。

今回描いてもらった画家の方

ちなみに、現在、日産問題で熱い日仏関係だが、一方では「今上天皇は昨年9月、皇太子最後の外国訪問としてフランスを8日間にわたって訪れている。日仏友好160周年を記念して開かれた「ジャポニスム2018」に合わせた訪仏だったが、これにはフランス政府の強い要請があった。フランスとしては即位前の皇太子を元首級でもてなすことで、日本との関係をより強固なものにしたい思惑があった。外国の元首でもめったに使わないベルサイユ宮殿でマクロン大統領夫妻は歓迎晩餐会をもった」とのことで仲良しなのは良いことだ。是非実務的にもよい関係が続くとよいと思う。

帰国:パプリカとタピオカとラグビーに驚いて

Cambridge在学中、同級生の女子が「Bubble Tea買いに行こう!」と言っていて、Bubble Teaってなんだ?と思っていたところ。「あぁなんだタピオカミクルティーかぁ~、日本でも一時期流行ったな」と思っていたら、、、なんと!!日本でも再ブームが来ているではないか!!地元にもたくさん。阿佐ヶ谷がタピオカミルクティー初上陸エリアらしく、聖地らしいのだが、検索してもEvidenceが見つからなかった。。単なる噂か。

阿佐ヶ谷のタピオカ店開店日は半額で長蛇の列だった(ちなみにこの写真は私ではありません)

もう一つの日本熱狂、ラグビーと言えば高校時代に体育の授業で練習をした覚えがある。投げ方は習ったが、ルールをしっかり習った覚えはない。たまたま体育の先生がラグビー部の担当だったから「ラグビーをやらされているんだな、つまらないのに。。」と思っていた。そのくらいの関係しかなかったので、9月17日に帰国して周りがラグビーの話をしていることに心底ビックリした。アイルランド戦は、帰国直後ということもあり、アイルランド人のRebeccaから「ワカ見てる?」と連絡がきたから、ちょっと見た程度。が、結果として帰国後の日本戦は全部見た。面白かった。スポーツ観戦は2時間程度拘束されるので、好んで嗜むことはなかった。サッカーでさえ殆ど見てない。サッカー部の時も友達がチームや選手の話をしても殆ど分からない。まぁだから上手くならなかったのかもしれないが。でも、こういう盛り上がりの時だけでもニワカにファンになるのは双方にとって良いとは思うけど。ちなみにラグビーもサッカーもEngland発祥で、サッカーはCambridge発祥。CambridgeにあるParker’s Pieceという公園がその場所で、この公園の木の間の距離が今のGoalの幅の元になっているという噂を聞いた。ラグビーもそうだが(Cambridge発祥ではないが)、サッカーも非常に知的なスポーツだと思うので、Cambridge発祥なのもうなづける。

CambridgeにあるParker’s Pieceの場所、左上に「ケンブリッジ大学」と記載がある通りここら辺りが中心です

ということで、すでに一か月経ってしまったが、帰国時の感じを忘れないために(ってもう忘れてる事もあると思うが)、この回を設けた。実は1月と8月に日本に3泊5日で帰国しているのだが、1月はJapan Trek、8月は面接10個、で日本を感じる暇はなかった。。

まず、帰国して感じたのは、「遂に日本に帰ってきたな」ということ。と言っても、1年しか海外に行っていない。が、 大人になってから最も長い1年間だったと感じる。MBA受験中の約4年間は本当に1年が早かった。変化はあるにせよ、毎日勉強という同じサイクルの繰り返しだったからだ。一方で、留学中の1年間はなんだかんだ言って気を張っていたこともあって、長く感じたのだろう。以前も記載したが、1年間という思いが最初からあったので、気を張ったまま走り続けられたのだと思う。2年間同じ力の入れ具合で走るのはできなかったのではないか。MBA後の人生もなるべく長く感じる毎年にしたい。そう感じるためにどう行動するかというのは何となく分かった気がする。

生活面では、やはり日本は楽。35年間も住んでいるので当たり前という部分もあるが、日本語は通じるし、コンビニで何でも買えるし、電車も時間通り来るし、遅れた場合の対応は親切だし、Relaxして活動できる。

ちなみに「Relaxできる」と書いたが、実は帰国直前直後は大変で。。直前にいったクルーズ旅行のどこかの町の生ものに当たったのか、私が直前に嘔吐下痢で倒れ、空港行きのバスは途中で故障し3時間遅れ(帰国後に色々言って返金してもらった)、ギリギリ飛行機に乗れるも、妻が飛行機で同じ症状で、私が娘をあやすのだが飛行機内ギャン泣きで迷惑、妻は空港の検疫に引っ掛かり、その日は私の実家に帰るも娘にもうつり嘔吐、そして母親にもうつり。。という状況であったが、それでも問題なく住めるのが日本。

もちろんそのような便利さや品質を追求しすぎなところもあって、その結果が長時間労働や外国人労働者に対する過剰要求問題に繋がっている部分もあるのだろうけど。

もう一つは「パプリカ」。妻が娘と児童館に行ってきて聞いた。「「パプリカ」が流行っているらしいよ」。なんのこっちゃ??子供向けなの曲か~って思ってたらなんと、米津健司さんの歌ではないか。確かに歌詞はなんとも言えなく哀愁が漂う。しかし、子供たちの踊りもかわいくていい!!すぐに好きになった。

大好きなパプリカ

ビジネス的に言うと、キャッシュレスを本格的にやろうという気概が感じられた。それに伴って、Cloudやモバイルアプリの宣伝が増えたなと思う(ビジネス的に言うと、キャッシュレスを本格的にやろうという気概が感じられた。キャッシュレス風潮のおかげかどうかわからないが、Cloudやモバイルアプリの宣伝が増えたなとも思う。イギリスは、事前にも情報を得ていたのだが、やはりキャッシュレスが進んでいる。日本で一番現金ではないと困るのが割り勘だと思うが、イギリスでは(欧米はそうなのかもしれないが)キャッシュカードと非接触型のデビットカード一体型カードが普及しているため、支払いが早い。それもあって、お店で大人数で食事をしても支払い時に一人一人払うことを定員さんが許容してくれる。よって、この場合でも現金を持つ必要がない。この時の金額は一人一人言い値である。確かにこっちの方が効率的だと思う。電車の乗り方も切符の購入チェックは甘く、ただ、見つかったら高額罰金という運用。日本だったら、デビットカードを全員持っていても、店員が全部計算して正しいか確認しないと支払えない気がするので、どちらにしろ実現は難しいか。ちなみに、現在イギリスのオンラインバンクで有名なのはMonzoとRevolut。同級生もどちらかを持っている人が多かった。日本進出に関しては、Revolutはそろそろなはずで、Cambridge MBAの求人サイトにも日本のXXマネージャーのポジションが出ていたように思う。Monzoは不明。日本では、デビットカードもオンライン銀行もまだまだ普及がいまいちのように思うが、その話はまた別途。唯一現金が必要であったのが、洗濯。マンションだと洗濯機は基本共用で、しかも、コインランドリーなので、コインが必要である。このために現金をおろしてCoop(スーパーの一つ)で何か購入してコインを手に入れるという運用をしていた。(なんのこっちゃ・・・) ビジネス的に言うと、キャッシュレスを本格的にやろうという気概が感じられた。それに伴って、Cloudやモバイルアプリの宣伝が増えたなと思う(

駅も大分変ってきているなと感じた。特に東京駅、新宿駅、渋谷駅は開発がすごいが、ローカルの駅(武蔵小金井とか)もスタイリッシュになってきている。在学中に遊びに来てくれた友達の一人にJR東日本に勤めている慶應大学時代の機械工学科の同級生がいたのだが、彼がJRも運賃だけでは成長できないので、駅周辺の生活と合わせて考える方向性にTransformationしているとのこと。ちなみに彼には卒業以来会ってなかったのだが、MITも卒業していて(確かにScientific Englishとかいう、英文をどのようにAcademicに書くかという授業を慶應当時一緒に受講していた。その時のTeaching Assistantが成城高校時代の英語の先生のアシスタントのオーストラリア人でビビったことを覚えている)、みんな頑張っているんだなと思った。

生活と直結するJR東日本の経営戦略

駅も電車内もそうだが、日本ってやっぱりCreativeなのではないかと思えた。そして、それらの宣伝/広告が捻っていてやっぱり面白い。イギリスの広告は無味乾燥だった。電車時代も無味乾燥だが、その中の広告も断然日本の広告の方が面白いと思う。日本はアニメ等のEntertainmentでも認められているしUX(User Experience)という意味でもここら辺のCapabilityは使えるのではないか。Gamificationも使い方は難しいがもっと突っ込んでいけそうだ。一方で日本のビジネス文化的に仕事とPrivateは完全に分けるみたいな部分もまだあるので、相互のcollaborationが難しいのかもしれない。日本は外部の技術や文化を取り入れるのがうまいといわれる時もある。私も思う。例えば、女性の服装は「洋服」と言いながら、やっぱり欧米とは違う独自のスタイルをCreativeに追及していると思う。これもいいUniquness(もしくはDifferenciation)なのではないだろうか?ちなみに男性の服装はあまり見てないので、特に何も感じない。あえて言えば、スーツはやっぱりヨーロッパのスーツがかっこいいと思う。が、着こなしはやはり白人には敵わないとも思う。やはりどこかで着物への回帰が必要か。。。着物ならやっぱり日本人の方が似合う。

自分自身のCreativeさは残念ながら低いと思う(だからCreative Labを受けたのに微妙だった・・・)が、それでもCreativeになりたくて、MBA受験中はよくカフェで勉強していた。スタバが一番多くて、新宿三丁目のマルイ2階に毎朝通っていた。この前帰国後に伺ったら、バリスタの方が覚えていてくれて嬉しかった。他にも阿佐ヶ谷駅のプロントや銀座マロニエ通りのスタバにもよく通っていたが、両方とも内装がスタイリッシュになっていてびっくりした。カフェで勉強や仕事をする文化はどうなんだろうか?私は結構長時間居座っていたので、お店的にも他のお客様的にも迷惑なのかもしれない。一方で、内閣府が掲げるSociety 5.0についてのではカフェ勉強/仕事はエネルギー効率がよいとの記述があった。それとは別に私は通勤時間は40分~1時間くらいがベストだと思っている。それはカフェと通勤が私にとっては外部とのよい接点だと思うからだ。毎日家と会社の間だけを通勤していたら、その二つのことしかわからなくなるように感じる。もちろんカフェと通勤だけで外部の事が分かるわけではないが、何かしら接点を持っておきたいと思う。カフェでエッセイ記載や資料作成をしているときに、行き詰って、ふと周りを見渡すと色々な人がいて、そこからまたIdeaが沸いて作業が進むということは多々あった。そういえば、IBM箱崎日本本社の社員食堂がスタバみたいな雰囲気になってってスタイリッシュだった。先輩に聞いたら、最近そうなったらしい。いい取り組みだと思うけど、私の外部との接点という意味では使わないだろうな。。

銀座マロニエ通りのスタバ、席予約もできるらしい。

今回は生活していて純粋に思ったことを記載した。Careerや今後のことについてはまた別途記載したい。

0歳児の3泊海外旅行(w/国際MBA生): チェコ共和国

歳のせいか、人様のお名前を覚えるのに苦労する。特にMBAの同級生の中にはスペリングを見てもどう発音するか分からない人もいて、発音を聞いても私には難しくて何度も聞いてしまう事が多々あった。逆に私の名前の「ひであき」の「ひ」が発音しにくいと聞いていたので、若林の”Waka”と自己紹介していた。でも、何人かの同級生は「”Hideaki”全然発音できるよ!」と言ってくれて、”Hideaki”と呼んでくれる、嬉しい。私も頑張らねば。

Prague、チェコ共和国の首都プラハの事だが、英語ではPragueで発音は「プラグゥ」。ただ、チェコ語では「プラハ “Praha”」と言うらしい。このように、日本語の発音の方が現地の言葉に合っている事も結構あるように感じる。例えばスイスの首都「ジュネーブ」。英語では”Geneva”で「ジェニーバ」と言わないと通じない、ただフランス語(スイスの公用語)では”Genève“で「ジュネーブ」の方が近いよう。しかし、これもスイス人とフランス人で発音が違うように聞こえる

チェコの街並み(赤い屋根が趣を感じる)と同級生(参加者全員ではない)。企画者は左から4人目のサビーネとその旦那さんのマット。マットはMBA生ではない。ちなみにスイスに一緒に行ったエイミー(左から3人目)とダニエラとも今回一緒だった

さて、日本ではゴールデンウィークの後半に、MBA同級生のチェコ人(サビーネ)が企画してくれたPrague Trekに同級生、総勢約20名で旅行した。東寄りのヨーロッパにも行きたいと思っていたので、Whatsup(LINEみたいなもの)でサビーネが企画を公表した時に早速相談した。相談というのは、幼児を含む家族を連れていきたいという事である。基本的には皆Welcomeであるが実際のLogistic的な問題はしっかり確認しないと当日困ると思う。例えば、ベビーカーで行けるか(個人的にベビーカーは機動性が悪いので抱っこ紐で行くのではあるが)、歩くとしてどのくらいか、静かにしないといけない場合があるか、等。サビーネはよく相談にのってくれた(サビーネ、ありがとう!!)。今回は、歩く場所は多いが妻と相談して私が抱っこすれば問題ないだろうという結論になった。1日目の夕飯は時間が遅かったため子供を任せて妻にはホテルに待機してもらうことにした。申し訳なかったが、チェコを良く知る人に案内して貰える旅行も中々ないので妻も了承してくれた。ありがとう。また、2日目の夜にオペラが含まれていて、妻共々行きたかったが、流石に幼児は連れて行けないので、今回は辞退した。ちなみに”Trek”を使う時はBusiness Trekの意味らしく、何かしらビジネス関連のActivity(企業訪問とか)が必要らしい。よって、今回のプラハ旅行は正式にはTrekではない。

主に2日間で、1日目がプラハ観光、2日目が電車で1時間ほどのクトナー・ホラ(Kutná Hora)へ。前後が移動日なので、3泊である(「スイスの4泊の次は5泊か」と期待していた方ごめんなさい、、ってそんな方いないか?)。我々3名のみ、市内のホテルに泊まった(他の同級生は相も変わらずAirbnb)。今回はスイスの教訓を生かして、少し高くても広めの部屋を取った。ちなみにホテル選びの基本的な判断基準は朝食付きで一泊1万円程度を選んでいる、朝ご飯をどこで食べようか考えるのを好まないからだ。

ホテルは右下のアンナホテル、集合場所が真ん中下の聖ヴァーツラフ像であった、ホテルから歩いて10~15分。真ん中のKantyna は後述の2日目のレストラン

1日目のプラハ市内観光の午前中は、主にチェコの近代史の話。今回も旅行会社のエージェントが同行した。旅行会社と言っても、日本のようにスーツ着た添乗員さんのイメージではなく、地元のお兄さん、お姉さんのイメージだ。最近は東京でもそういう傾向があるような気がするが。最初は第2次世界大戦時の話が主で、スデーテン割譲後のチェコスロバキア解体や大戦後の共産化、「プラハの春」後の民主化の内容である。この時もシナゴーク(ユダヤ教の教会)の案内を受けた、当日は特に印象的に思わなかった。しかし、イスラエルに訪問した後だから感じるが、ドイツ第三帝国によるユダヤ人迫害の歴史は、ドイツ自体だけでなく、占領下各国においても重要な要素のようだ。一方で、私が元々チェコに訪れたかった理由は西欧とは異なる雰囲気を感じられると思ったからだ。そういう意味ではモルダブ川にかかる有名なカレル橋(Karlův most)とプラハ城(Pražský hrad)は圧巻だった。カレル橋は両岸に塔が立っており、橋自体には等間隔に像が立っており、橋幅は車が2台通るには狭いが、人が通るには十分で広く感じた。昔は馬が複数列で行進したのだろう。プラハ城はギネスブックによると最も古くて大きい城のようだ。

カレル橋は真ん中の線(車が通れないので細い線で表示されている)とプラハ城(左上)
モルダブ川に架かるカレル橋
カレル橋(左)とプラハ城(右上)と参加者数名(左から、ブラジル人、アメリカ人、インド人(カナダで仕事)、トルコ人、チェコ人、チェコ人、ヨルダン人(ドバイで仕事)、(下に行き)日本人、香港人、日本人)

実はこの日は非常に寒く、プラハ城に着く頃には雨も強く、寒さ対策に翻弄されてあまり覚えていない。。ただ、昼食は美味であったのは覚えている。サビーネとマットと同じ席だった。マットがビールを頼んでいたので、私も頼み、私が常々疑問に思っていた、ヨーロッパの人は思ったよりお酒を飲まないという話をすると、「チェコ人はヨーロッパの中でもお酒、特にビールをよく飲む人種だ」と言われた。実際マットと私は昼食で2 pints(1 pintは500mlより少し多い)のビールを飲んだ。サビーネも元々よく飲むという話をMBAコース中も話していて、「チェコで一緒に飲めるのが楽しみだね」と言ってたが、幸運にもPrague Trek企画中に妊娠がわかり、今回は飲んでいなかった。妻も元々お酒が好きだが最近飲めていないので、お互いその点だけは残念がっていた。

ちなみに、このモルダブ川、Google Mapではブルダバ川と記載があるが、発音は「ヴルタヴァ」が近いよう。日本だとよく中学の合唱コンクールで歌われるらしい「モルダウ」の発音が有名のようだ。川と言えば、ヨーロッパの首都には有名な川が流れている、モルダブ川、ロンドンのテムズ川、パリのセーヌ川、ローマのテベレ川、そしてケンブリッジのケム川。飲み水確保の意味もあったろうが、水運を担っていて物資輸送に利点があったという話も聞く。東京はどうだろうか。以前神田川クルーズを体験した時に、神田川と隅田川が水運を担っていたとの説明を受けた。しかし、現在神田川の存在感は上記の川と比較しても存在感が薄く感じられるがどうだろうか。

プラハには世界でも屈指の歴史を誇る大学、プラハ・カレル大学があり、1348年に神聖ローマ帝国皇帝カール4世が創立した。ちなみに総合大学で最も古いのはイタリアのボローニャ大学で1088年創立。次がオックスフォード大学で1096年、そして3位がケンブリッジ大学で1209年だ。・・・と言いたいところだが、資料によってはパリ大学やスペインのサラマンカ大学、いやいや南京大学が9世紀で最も古いという記述もある。

2日目はクトナー・ホラ。私としてはここの聖バルボラ教会が今回の旅行のハイライトだった。遠くに教会の全景が見えて、向かって坂を登っていくと、この教会の尖頭が見えてきて、教会の全景が見えるとそこまでは左側が崖になっている道があり、ここも等間隔に像が立っている。こういう風景を見るとPlayしていたRPGを思い出して、何か冒険ができそうでワクワクする。ちなみにプラハ城の下に「ヴァレンシュタイン宮殿」という場所があるのだが、これもAge of Empires 3でドイツでプレイすると「ヴァレンシュタインの契約」という政策を使えて、それで名前を覚えていた。(そんなことをやっていたのでMBA受験に4年もかかったのだろう。。)

遠望の聖バルボラ教会と今回の全参加者
坂を登ると見える教会と橋
思い出す冒険の日々(Dragon Age:Inquisition より)

2日目の夕飯は、オペラを辞退したこともあり、妻と子供と3人でサビーネに教えてもらったお肉専門のレストラン、Kantýnaへ。基本的にお店は予約をする。予約の方法は基本的にメール。公用語が英語以外であると先方も英語の会話が苦手な場合もあるし、国際電話よりもメールの方が良いと思っている。ただ、今回のお店は予約できなかった。理由は直接行って理解した。このお店はお肉屋が基本でレストランは併設だ。注文は基本Self-Serviceでお肉の種類、グラム、調理法を頼む。席も立ち席と座り席があるが空いたら勝手に座る形式だ。だから、予約は受け付けていないし、安めの値段で提供される。高級店ではないが、多くの人が来店していて賑わっていた。

Kantyna の店内、お肉をオーダーする場所

今回も同級生が妻子を快く受け入れてくれたし、スイスとは異なり全日程が旅行だったためリラックスして過ごす事が出来た。比較的女性が娘との交流を楽しんでくれていたのは日本も一緒だなと感じた。一方で、海外旅行に幼児を連れていくというのは日本だとどういう印象を持たれるのだろうか?「幼児を連れて旅行に行くなんて!」なのか、「家族でそういう経験大事だよね」なのか。帰国しないと分からないだろう。みんな娘と遊んでくれて非常に嬉しかったし、彼女にとっても良い経験になっていると信じている。少なくとも写真等を見て、幼児の時に国際色豊かなメンバーと交流したという事実がよい影響を与えるようにしてあげたいと思う。

ダニエラとモハン(中国人)。モハンにも2歳のお子さんがいるが、この日はモハンのお母さんとCambridgeでお留守番
プラハの夕焼け