「男のロマン」の果て(?)イスラエル紀行(上):歴史

2013年にIBMがイスラエルのサイバー・セキュリティー会社、Trusteerを買収した際に日本で統合の支援をした。その時、上司に「ワカ、イスラエルとりあえず行っとく?」と言われたのが最初のイスラエル訪問の機会。その時は、あまり「行きたい主張」をしなかったので、雲散霧消したが、今回は「行きたい主張」を妻にした結果、イスラエル訪問が実現した。一週間も妻子を異国に残して旅行するなんて、イクメンからは程遠い。感謝の限りである。

さて、MBAの授業も終わり最後のSummer Termが始まる前にイスラエルという国を、Business Trekの一環で回れたことは、非常に意味があった。他にも溜まっているブログネタがあるのだが、イスラエルに関して先に記載しようと思う。全3回、歴史、政治状況、スタートアップ、に渡る。1回目は歴史について(ちなみに、以下の記述は大体現地のガイドの話か、ウィキペディアか、塩野七生の本からの知識であることを断っておきたい)。歴史を知らないと、「トランプがエルサレムをイスラエルの首都を認める」と宣言したことの何が問題なのか分からない。から記載したいというのは建前で、本音は私のイスラエルに来たいと思った最大の理由が「男のロマンが詰まった歴史的な意義がある場所を訪れたい」であるからだ。なぜ男のロマンかというと、ライオンハート・リチャードやサラディン、テンプル騎士団等、心くすぐる固有名詞がたくさんあるからだ。ライオンハートは日本語では獅子心王、英語ではRichard the Lionheart、カッコよすぎる。イスラエル人には「いやいや、日本の方が侍とか忍者とかロマンだろ」と言われそうだが、「男のロマン」は日本語だろうからまぁいいだろう。ちなみに同行した同級生のドイツ人に「チュートン騎士団(Teutonic Order)がドイツの起源だよね?」と聞いたら「まぁ、間違ってない」との話だったので、ドイツもエルサレム発のロマンの国ということに勝手にしておきたい。

ライオンハート・リチャード(ロンドンにあるのに、まだ直接見てない。。。)

そもそも、イスラエルという国自体は1948年に建国されている。であるのに、なぜ歴史的な意義があるのかというと、そこが聖地と呼ばれる重要な地であり、それが故に民族や宗教による衝突が度々発生しているからだ。この新しい国でありながら、歴史的重要性を内包している、というのが興味を引く部分であり、昨今の中東情勢に関わる部分なのだが、それは次の回に。イスラエルを語る際にユダヤ教を切り離すことはできない。その成立はかの有名なモーセが紀元前1280年頃に出エジプトを実施して、シナイ山で神ヤハウェと契約を結んだことによる。現代のイスラエル人もユダヤ人が多数を占めるとはいえ、多民族国家。古代イスラエル人もいわゆる12氏族からなり、結果としてその内の「ユダ」族を含む2氏族からなる国がユダ王国であり、この国が滅亡後にユダヤ教団を設立した(紀元前539年)。そして、その都がエルサレムであり(英語ではJerusalem、発音はジュルーサレム)、かつてはエルサレム神殿が紀元70年にローマ帝国に破壊されるまで存在した。地図を見ると小高い丘の上にあるので、戦略的要地だったのだろうと推測されるし、実際ユダ王国より昔から重要地であったようだ。そういう歴史からユダヤ教にとって非常に重要な聖地なのだと思う。

現在、エルサレムはイスラエルが首都と認定しているが、国連は認めていない、それはパレスチナとの問題があるからだ(現在の話は次回)。つまり前出のトランプの言はイスラエルとパレスチナの関係に油を注ぐという事で、非難されているのだろう。東エルサレム、西エルサレム、そして旧市街に分かれている。西エルサレムはイスラエル支配で近代的ビルが立ち並びStart-upも盛ん、東エルサレムは元々ヨルダン支配で、1967年の第3次中東戦争以後はイスラエル支配だが、パレスチナ自治区が首都とみなしている。そして、旧市街が最も歴史的場であり、これがイスラエルの特徴の元であると言っても過言ではない。旧市街もざっくり以下のように4つに分かれている。嘆きの壁や聖墳墓教会は訪れることができたが、岩のドームへは時間的な入場制限があって訪問できなかった。岩のドームは地図のようにイスラム教管理下にある。ちなみにテンプル騎士団の名前の由来はエルサレム神殿の「神殿」=「テンプル」で、元本拠地は壁内にあるため、現在はイスラム教管理下。

旧市街全景ここから拝借

嘆きの壁はエルサレム神殿の名残であるため、ユダヤ教にとっては最も神聖な場所で、男女別に入る必要があり、多くの信徒が祈りを捧げている状況を見ることができた。嘆きの壁はイスラエル管理下。

嘆きの壁とその横にある礼拝所へ入る子供達
嘆きの壁と2019 Cambridge MBA Israeli Trek 参加者(アメリカ人、メキシコ人、イギリス人、ドイツ人、ポーランド人、ロシア人、インド人、シンガポール人、中国人、日本人、等々)

聖墳墓教会はローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世が325年頃に、キリストの磔刑の場所ゴルゴタに教会を建てることを命じたもの。よって、キリスト教にとっては非常に重要な地で、キリスト教内のカトリックや東方正教会など複数の教派が共同管理していて、それぞれの教派によって教会内の重要な場所も異なる。また、ローマ帝国時代に作られたものや十字軍時代に作られたものが混在していて歴史の移り変わりを感じる。

キリストの身体が埋葬のために準備された場所であると言われている石物を触る人々
アルメニア使徒教会にとって重要な聖ヘレナ教会

ローマ帝国滅亡後は基本的にイスラム教徒により支配されていたため、本教会も破壊された歴史があるのであろうが、部分的にしろ残存している(ローマ帝国時代の柱と十字軍時代の柱が不自然に並んでいた)ことが素晴らしい。おそらく、イスラム教徒支配下であっても寛容で他文化他宗教等の多様性を受け入れる気風があったのであろう。実際、イスラム教支配下の時代でも、ヴェネチア共和国などはエルサレムへの聖地巡礼パックツアーなるものを販売していて、ヨーロッパのキリスト教徒も聖地巡礼できたようだ。そして、度重なる十字軍が、むしろ、そのような寛容気風を壊してしまったとも言えるかもしれない(十字軍側はムスリムを虐殺したが、サラディンはキリスト教徒虐殺をしなかったと言われている)。現在も旧市街を4つに分けることで、異なる宗教が共存するための努力をしているように見える。実際、旧市街を回っていても、特に衝突が発生するようには見られない(まぁ、それは観光地化しているからかもしれないが・・・)。ちなみに十字軍の歴史的意義は、宗教的なものよりも、アラブ側の当時の最新技術がヨーロッパにもたらされたという東西交流の促進にあるという記述をよく見る。

別日に訪れたのはマサダ要塞。死海の辺りにあり、いわゆるWest Bank(パレスチナ自治区)の近くにある。

マサダ要塞場所(マサダ山頂上遺跡群)(点線はパレスチナ自治区、いわゆるWest Bank)

この地は70年にエルサレムがローマ帝国軍により陥落された後、最後の抗戦地となった。イスラエル国防軍士官学校卒業生は山頂で「マサダは二度と陥落せず」と唱和するようで、我々も多くの国防軍の兵士を見ることができた。難攻不落というのがよく分かる切り立った崖の上にあり、蛇の道と呼ばれる細い登山道を通らないと頂上へは行けない(ちなみには今はロープウェイが整備されているらしいが、訪問時は知らなかった。)。

マサダ要塞からの死海と朝焼け
切り立った崖、蛇の道とイスラエル国防軍兵
唱和する士官学校卒業生と思われる若者たち

前日にはべトゥイン人(古代から存在する遊牧民族、しばしば歴史に傭兵(と言うと怒られるかもしれないが)として登場する)のテントに泊まった(観光目的の場所であると思われる)のだが、そこで国防軍の一団もおり、2名の、おそらく士官学校生と思われる女性(大学生くらいの年齢か)と会話する機会があった。どこから来たのか?と聞かれて、「イギリスのCambridge大学だけど、世界中から来ているよ」と返したら、「私もCambridge大学に入りたいんだけど、英語ができればいいのかな?」と聞かれ、「イスラエル人ならDiversityの観点からもMBAとしては歓迎だろう、ましてや軍隊経験があればなおさら」と話したら喜んでいたのが印象的だった。

それにしても、Nationalismが再度台頭し始めて、Diversityが叫ばれている昨今、歴史的にも、また旧市街の現状からも他文化他宗教間の均衡を、現地の人たちのレベルでも、うまく保っているように見える。「融合ではなくて均衡が大事」と言ったのはジョン・ルイス・ギャディス。翻って、日本は。ちょうど、ガイドの人が8月に日本に行くと言うので、お勧めの場所を聞いてきた。「伊勢神宮あたりが良いのでは?」と言う話から、日本では初詣は神道でお墓は仏教の場合が多いと言う話をして、ガイドのイスラエル人は非常に興味を持ったようだ。これって、多様性を受け入れる文化の一形態だと思うのだが、どうだろう??ローマ人も、ローマの神々、ギリシャの神々、ガリアの神々を統合して祀っていた、これは日本と似ていると言ったのは塩野七生。

(イスラエル訪問時は外務省の危険情報を確認した上で、個人の責任でご訪問のこと)

0歳児の3泊海外旅行: ポルトガル

ポルトガルとはどういうイメージだろうか??正直、ヨーロッパの中でも少しマイナーだと思う。ポルトガル行くくらいならスペイン、みたいな?私が大分時間を浪費(?)したAge of Empire Ⅲ (下画像)という大航海時代をベースにしたRTS(Real Time Strategy)ゲームでも、なんとなく弱い国であった。が、大航海時代が始まったのはポルトガルがカナリア諸島やマディラ諸島を発見(探検)してからなので、歴史マニアとしては心踊らされる場所なのだ!ここら辺の島は最近はリゾート地だけど、MBAの同級生も何人か行ってたなぁ〜。

さて、そんなポルトガル(主にリスボン)に、Lent Termの半ば、3月最初の週の週末に訪問した。私としては憧れの地だったので非常に楽しめた!目的はここでも3つ。戦国時代の日本人の足跡を辿ること、イスラムとカトリックの融合を感じること、そして、美味しいシーフード!!

まず感動したのが、リスボンの坂!かっこいい。まぁ、坂のおかげで荷物と子供を持って歩くのが大変なのだが、、でも坂の先に海(湾)が見えて素晴らしい!!そして、ホテルに到着。ホテルというかアパートメント。今回のMBA生活の旅行で気付いたのだが、滞在先には3種類ある。ホテル、アパートメント、そしてAirbnb。MBAに来てからは主にBooking.comを使って、宿を探している。結構使いやすくていい。ホテルかアパートメントがここには載っていて、詳細は省くが、情報も詳細でオススメ。3月末にはスイスにも行っているが、宿がハズレたことはない。Airbnbはまだ使ったことないが、アカウントは持っている。結構いいみたいなので、いつか経験したい。ちなみに飛行機はスカイスキャナーで探している。さて、今回のアパートメントであるが、入り口と入った先のロビー?がボロボロで、最初はびっくりした。。だが、2階に上がるとレセプションがあって、管理者の方もいる。中々良い感じの、アパートメントだった。ただ、ホテルの方がサービスはいいので、予約時はホテルかアパートメントなのかしっかり確認した方が良い。

さて、話がそれたが、1日目は到着日なので軽く街を散策して夕飯。夕飯はやはり、シーフード。久しぶりのシーフードの堪能!!タコサラダ(後で気づいたが、どこにでもあるらしい)ポルトガルソースの魚、そしてワイン。やはりこの組み合わせは最高だった。そして、レストラン内には鯛がデザインされている陶器のお皿が飾られている。なんとなく日本のデザインに似ている。ちなみに、ポルトガルは陶器も有名。

2日目はリスボン観光。まずはエンリケ航海王子を称えたジェロニーモス修道院へトラムで。トラムはスリが多いとのことでそれは気をつけつつも、無事到着。この角が出ているデザインが少しこれまで見てきたヨーロッパの建築物と違うか、というイメージ。次に発見のモニュメントとベロンの塔へ。これらも大航海時代を称えるモニュメントであり、遺物、そしてこれが初の大西洋をヨーロッパ側から見た経験!!ここから大航海時代が始まって、日本にまでやってきたと思うと感慨深い。

そして、我々にとっては2日目のハイライト、天正遣欧少年使節が立ち寄ったというサン・ロッケ教会へ。彼らの足跡があるかと期待して、教会の中へ。が、教会の案内にはそれらしき記述は何もない。。内部にも日本を感じさせるものは見受けられない。確かに、この教会にとっては、当時、色々な国からやってきた使節の中の1つ、そんなに記録するものでもないのであろう。。と思っていた所、あった!!奥の間に、天正遣欧少年使節自体ではないけど、16世紀の頃の日本を描いた絵が。見た目がなんとなく中国っぽいのも当日の日本のイメージを表していて良い。彼らは非常に長い航海の中、危険もあるだろうに、何を思って日本にやってきたのか、、本当に、再度感慨深く、考えさせられる広間であった。これらの絵を妻と凝視していたら、係員のお爺さんが色々説明してくれた。そのお爺さんも話すのが嬉しそうでよかった。

そして、最後に丘の上にあるサンジョルジュ城へ。丘なので、当然坂がある。まぁ城だし。トラムでも乗るかと思っていたのだが、なんと幼児同行でトラムに乗れないことが判明!!!結局タクシーを探して目的地へ。いや〜いい景色。リスボンが見渡せるし、海も見える。

2日目の食事は、リスボンで有名なRamiroへ。ここも海鮮。そして確かにすごく並んでいる。。我々は予約して行ったのですぐ入れた。是非予約をオススメする。

3日目はリスボン郊外(と言っても大西洋側)のシントラへ。電車で40分ほど。が、この日は日曜日だったので、1時間に一本、おかげで時間がうまく行かず、50分ほど待つことに。平日は30分に一本らしいが、シントラという観光地なら、休日の方が使う人が多いと思うのだが・・・初心者考え過ぎるか?とにかくシントラに到着、ここからバスで目的のペーナ宮殿へ。最高だった。この白、赤、黄色の組み合わせのお城。正直昔これを見たら、なんて趣味の悪いお城なんだろうと思ったであろう。だが、これこそ正にイスラム教とカトリック教の融合ではないかと思う。こういうデザインは大陸内部にはない。シンデレラ城のモデルであるドイツのノイシュバンシュタイン城が良い例だ。でも、ここでは、きっと、レコンキスタ前後のイスラム教の文化に影響を受けて、こういうデザインになったのだと想像する。例え、このお城の設計者がドイツ人だとしてもだ。これもまた非常に感慨深かった。

次に訪れたのが、ムーア人のお城だ。ここは、洗練度は低いが、古い砦という感じ。城壁の上を歩いていくのだが、地形を使った勾配が激しい城壁で、子供を抱っこ紐で抱えながら歩いたが、結構危ない感じがした。ただ、景色はいい。さすが周りを見やすいように作られた城壁なんだろうと感じた。

3日の夜はリスボンへ帰ってパエリアを食した。隣が有名なお店ですごい並んでいたが、我々の入ったこのお店も美味しいパエリアが食べられた。

以上、ポルトガルは本当にいいところで、観光もしやすい。ご飯も美味しいし。個人的には男のロマンである大航海時代を色々感じられてよかった!ポルトガルのご飯が美味しいのは、大航海時代を席巻して色々な国の食文化が融合しているからだとどこかで読んだ。でも、そしたらなんでイギリスは微妙なんだろうか???

0歳児の1泊海外旅行:ベルギー

歴史好きを公言している私だが、ベルギーで知っていることと言えば、ユリウス・カエサルのガリア戦記に「ベルガエ族」という単語が出て来て、これが今日のベルギー人の起源ということと、第二次世界大戦マニアの間ではドイツに道路された国という不名誉な話。。。ただ、少し調べたら大陸で初めて産業革命に成功した国で、植民地からダイアモンドを得ていて金融も発展したよう。確かにアントワープの駅前には多くのダイヤモンド店が!!ちなみにアントワープ駅は世界一美しい駅ということで有名です。(まぁ世界一は世界にたくさんあるので、他にも綺麗な駅はあると思います。が、確かにいい駅でした!!)

ということで、今回は歴史を感じる!!というよりも、0歳児に気をつけながら、幼児との旅行の注意点を学びつつ、純粋に観光を楽しむ旅となった。

まずは、ヒースロー空港へ。ケンブリッジからは、ロンドン・キングス・クロスから、地下鉄で、パディントン駅へ。そこから、Heathrow Expressで15分でHeathrow空港。Heathrow Expressは基本15分に一本で運用されているが、この日はクリスマス後、年末前とのことで30分に一本。地下鉄でも行けるのだが、幼児のことを考えてこちらで。ヒースローからはブリュッセル航空でブリュッセル国際空港へ。1時間の空旅なので、バシネットは用意されず。まぁでも確かにすぐだからいらないかな。幼児も気圧の変化で耳が痛くなるので、離陸中と着陸中におっぱいかミルクをあげられるように調整。1時間はすぐなので、これで娘も大人しく。

ブリュッセル空港からはアントワープへ直行。30分くらい。実は昼飯の時間が微妙で、空港で何か買いたかったのだが、税関で時間がかかり、さらに電車もすぐ来てしまったので、とりあえずアントワープへ。

正直甘かったのが、イギリスではどこでもWiFiが繋がるのであまり紙を印刷してこなかったのだが、電車内では繋がらないどころか、路線図もなく。。フランス語で雰囲気を感じてアントワープへ。フランス語は分かりません。。実は大学時代の第2外国語はフランス語なのだが、人生最初で最後の留年危機。。フランス語は2つ授業があって二つとも落とすと留年。2つともギリギリC(Dだと落ちる)でなんとか2年生に進めたのでした。まぁ英語もダメダメなので、語学の才能は低いですね。。。余談はおいておいて、この私の調査不足はこの後も問題になり、骨身に染みた。

ともあれ、無事アントワープへ到着。フランダースの犬でネロが目指したノートル=ダム大聖堂へ。地下鉄もあるが、行きはトラムで。街並みが見たかったので。ちなみに地下鉄もトラムも切符の買う場所は要注意。https://allaboutbelgium.com/brussels-metro-tram-bus/

ノートル=ダム大聖堂よかった。まずは学割が効くこと笑 そしてやはりルーベンスの有名な絵が置いてあること。美術館に絵があるのは当たり前だが、大聖堂内でルーベンス レベルの有名な絵がたくさん見れるのは中々ないのではないかと思う。

ちなみに、娘が泣き出したので、ミルクを大聖堂であげることに。でもいい経験かなと思って、あげてたら飲みながら大泣き。あまりこういうことはないのだが、どうやらルーベンスの絵が怖かったよう、、な気がする。。

大聖堂を出たら、いい雰囲気。広場があれば、そこはクリスマスマーケット。実はフライドポテトが有名で、無事屋台で購入。屋台も日本のとは違って、木の小屋。まぁ寒いしね。そう、ベルギーはケンブリッジより寒い!!なんでだろ。。

その後、駅構内の元王室用カフェに行きたかったのだが、時間がなくそのままブリュッセルへ。外の写真だけ。

ホテルはここ。http://www.hotelmarivaux.be/en/ 一泊1,3000円くらい。2.5人で泊まるにはちょうどよかったと思う。ブリュッセル北駅が近いので、そこからホテルへ。ただ、駅からホテルまでの道をしっかり調べてなかったので、少し戸惑い。。元々は、IT系なのに、Google Mapとかあまり使わないスタイルだったのだが(なんの拘り笑)海外に住むとスマフォもGoogle Mapも使う頻度が飛躍的に上昇。そうすると、これに頼りすぎた。というので、海外行くときはアナログもちゃんと併用しよう。

さて、夜は有名なグラン=プラス広場へ。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9_(%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB) うーむ、すごい。広場の周りの建物が全てかっこいい。

夕飯は、せっかくだからというのと、幼児をそろそろ休ませたいので広場の周りのレストランへ。味は悪くない。ただ、高い。。正直オススメはしない。下記する場所の方が全然良い。ホテルへ帰りお休みです。

2日目はブリュッセル観光。ベルギーワッフルをまずは食す。Maison Dandoyが有名だけど、お店は9時からだけど席に座れるのは11時から、時間の関係上適当に路上を歩いてそこそこ人が入っているワッフル屋へ。その後芸術の丘Tropismesと続いた。この本屋も世界一美しいと言われている。いや〜、ベルギー、いいですね。う〜〜ん、なんというのか、フランスの華やか感と、ドイツの重厚感がうまくマッチしたような感じ(って当たり前か)が良い。街も観光用に整備されていてかっこいい!!

そして、最後の昼飯へ。以下のブログを参考にレストランがある通りへ。https://ameblo.jp/yoko554/entry-12426359123.html 近づくと、なんと魚介市場がありその場で調理してしかも白ワインが売っている!!ここで立ち飲みもよかったけど、時間もないし、嫁もまだ飲めないので、レストランを探しに。

l’huitriere へ。ここは少々高いけど、前日のレストランより質も量も申し分ない!これにて、ベルギー旅は完了!何気に、生の貝類(牡蠣含む)がでてきて、次の日まであたらないか心配だったのは内緒。。でもあたらなかった、何気に新鮮なんだろうか。。。

0歳児の日帰り海外旅行:大英帝国を感じて

0歳児と旅行に行く弊害は何に対しても時間がかかること、利点は何事もゆっくり見て感じるようになること。おかげで大英帝国ってやっぱりすごかったんだなと認識することができた。こういうのは直接歩かないと分からない。

うちの子供はもうすぐ5ヶ月。そもそも、今はMichalemas Termが終わり、せっかくのお休みなので、旅行に行かない手はない。とのことで、妻とビクつきながらも、初の遠出。ロンドン!私は一度Cambridgeに着いたばかりの時に行ったのだが、主に大英博物館を見たため、今回はナショナル・ギャラリーを見たいなと思い、それを旅程に入れて向かった。

さて、初めての0歳児を連れての旅行です。用意するものがこれまでとまるで違う。。抱っこ紐、ミルク粉、哺乳瓶複数、熱湯用の保温瓶、等々。しかも、子供の寝る時間やミルクの時間を考慮しないといけないので、(あまり得意でない)計画が重要。しかも私がナショナル・ギャラリー見たいとか言ったもんだから、そのタイミングでうまく寝てくれるように、ミルクの後にナショナル・ギャラリーにいけるように。。。

計画と準備をしていざ出発!!ブランチはお弁当。この写真だけみるとイギリス感はゼロ。。。ただ、日本食で嬉しい。

さて、まず最初の授乳はケンブリッジからロンドンの電車内で。1時間くらいなので、その間に。妻は授乳ケープを持っていますが、こっちの人はそんなのしないんかな。。その後、ビックベンに行き(時間的に難しかったので)外観と写真撮影だけして、次の授乳へ。ここがポイント。授乳できる場所はソファがあった方がベター。なので、近くにあったコンラッドホテルにお邪魔し、ロビーの横のソファーで授乳。。。そのあとはおかげでグッスリ。遂にナショナル・ギャラリーへ!

すごい良かった。まず静かだった。これは平日だったからかな、以前大英博物館に行った時は休日だったので。あと、当然ガイドブックに載っているゴッホのひまわりとかも見るのだが、何よりすごいのが、ガイドブックに”載ってない”のにそこここに有名画家の絵があること。。あれ、これ何気にラファエロの法王ユリウスじゃん、あれれ、これモネの睡蓮じゃん、、、みたいな。。

ちなみに、街を歩くときも何と無くゆっくり歩くことになるのだが、街並みがゆっくり見れて良い。再度そういう風に歩くと、やはりロンドンの建物はどれも趣があってすごいなと思う。日本は明治維新後に欧米の真似をして似たようなものを作ったけど、Qualityも数もイギリスには勝てない。アメリカだって、最初はイギリスの真似をしていたはず。やっぱり大英帝国ってすごかったんだろうなとシミジミ感じた。

最後にChirstmas Marketでソーセージやビール、ホットチョコレートを飲んで帰宅です。無理せず、無難に回って、娘もずっと静かに周りをキョロキョロしていたので、3人全員にとって良い経験になった!これなら他も行けそうな。。。

イギリス、ケンブリッジでの生活の基本

初の海外生活、一番の恐れは口内炎。ご存知の方も多いと思いますが、口内炎ができると痛くて、美味しいご飯も食べられず、悲しくなります。まぁイギリスではあまりご飯に期待していないですが。。日本では口内炎の薬を3種類使っていて、チョコラBB、塗り薬、瞬間的に痛みを無くすイソジンみたいなもの、です。その内後半の2つを持ってくるのを忘れて恐怖の10日感でした。持病の口内炎は一生の内半分くらいはできてる気がします。しかもできる時は一度に3個とかできます。ですが、なんと!まだ唇に一度軽いのが出来たくらいで、すぐ治ったので今の所、栄養に問題無さそうです。(食生活については後述)

さてさて、ケンブリッジ。やはり想像に違わず良いところです。観光で行くような街並みが、通学路というのが何ともロマンです。(男のロマン的な意味です、、ってそれも違うか?)人によっては最初のイメージ、日本でいうと筑波?みたいなこともあるみたいですが、全然違います!雰囲気もそうですが、都市計画がしっかりしていて、歩ける範囲にスーパーやショッピングセンターも歴史的建造物=大学校舎と住む場所(College)がちゃんとあって素晴らしいですね。この点は中国人の同窓生から聞きましたが、オックスフォードよりも良い点のようです。

授業はまだMBAではなくて最初のLanguage Course なのですが、やはりケンブリッジの公式英語の授業、しっかりしています。最初の週こそ、ほとんど事務的な連絡で、時間も無駄に使っている感じがあり、なんだこれ?意味あるのか??という思いがありましたが、2週目からはプレゼンやエッセイの提出でそこそこ忙しいですし、授業自体も面白い!!この内容はまた今度。

さて、今回はケンブリッジでの生活を基本にTipsもふまえて記載したいと思います。

ケンブリッジ大学の学生はCollege(ハリーポッターでいうグリフィンドールやスリザリンみたいな寮)に必ず所属しますが、このPre-sessional中はPeterhouseというケンブリッジ大学最古(1284年創立)に割り当てられます。古すぎて大丈夫か?って感じなんですが、中はリノベーションされているので、まぁ大丈夫ですww 寮なので、一緒に授業を受けるメンバーと朝食夕飯は一緒ですし、しょっちゅう会うので、人脈作りという意味で非常に良いシステムだと思います。現英首相のTheresa Mayと大臣の誰彼もOxfordでは同窓ですし、日本でも昔から、例えば、大蔵次官で日本たばこ産業初代社長の長岡實と豊田章一郎は府立一中(日比谷高校)の同期。こういうとこで会った同窓生と将来一緒に仕事や政治をするというのが、イギリスのシステムの一部なのでしょうね。今回は朝夕のご飯がついた部屋です。朝食は以下のような場所で食べるのですが、まぁ中々すごいですよね。個人的にはこんなとこで生活できて感動です!!ただ、夜はお化け屋敷もいいところです。。私はお化けが怖いクチなので、心配だったのですが、今のところ問題なく寝れてます。(ただ、昨日夜中の2時に火災報知器が誤作動?して叩き起こされたのには参りました。。)

38533756_1834738203287104_8110333924976099328_o.jpg

ちなみに寮のご飯ですが、、まずい!!!というほどではありません。朝はしっかりサラダもパンも出てきますし、夜も毎日メインが異なります。(写真はある日のタイカレー)想像よりは良いです。外で食べるとハンバーガーでも10ポンド、今ポンドが下がってますが、それでも1400円くらいです。毎日昼や夜にこのお金を払うわけに行かないので、寮のご飯や、昼は学食や安いサンドウィッチを駆使してます。前述のように口内炎率も今の所低いので栄養も問題無さそう。

DSC_0105

さて、生活立ち上げのために実施したことを以下に記載します。海外に来ると(というか本当は若い人は日本でも)スマフォが必須になります。私は日本ではあまりスマフォを駆使しなかったのですが、こっちきて、スマフォのアプリがないと生活ができません。なので、渡航前にスマフォの充電池を最新にするか外付けバッテリーを購入した方が良いと思います。

  1. インターネット接続環境
  2. 当面の生活費
  3. 生活用品
  4. 洗濯
  5. 交通手段
  6. 銀行口座
  7. 服装

まず、インターネットですが、基本的に空港や大きい駅、ホテルにはFree Wifiが飛んでいます。ですが、当然ないところも多いので、何かしらの契約は必須でしょう。基本的には日本でスマフォをSIMフリー化してから来るべきです。(SIMフリー化についてはFacebookに記載済みですが、どこかでコピペするかも。。)イギリスではThreeやee辺りが良いと言われていて、どこもあまり変わらないので、私は適当にThreeを選びました。大体どこの空港にも支店があるので、時間があれば空港で購入していいと思います。私はバスまで時間がなくて、イギリス着いた次の日にケンブリッジのショッピングセンターで購入しました。Pay as you go(プリペイドみたいなもの)とContract(日本で一般的な契約型)があるのですがまだ銀行口座がないのでPay as you goを購入。1ヶ月5GBで通話つき2200円くらいです。まぁ日本と一緒ですね。設定が必要なので、店員さんにやってもらった方がいいです。私は分かるだろうと思って、自分でやろうとしたのですが、結局次の日にThreeの店に行って、店員さんにやってもらいました。。スマフォは英語化しておくとスムーズです。

銀行口座開設までの当面の生活費ですが、クレジットカードとSMBC信託Prestiaの外貨預金を契約したのでそのキャッシュカードで現金をと考えていました。ですが、どうやら円が入ってないとポンドが海外で引き出せないようで、今までPrestiaの国際カードが使えてません。。Prestiaはチョクチョク使いにくいのですが、まぁ留学生に優待があるので引き続き使うと思います。クレジットカードは、日本契約だと為替の手数料がかかるので、早くケンブリッジの銀行開設をしてそちらで使いたいところです。。あ、ちなみにお店や諸々の決済はほぼクレジットカードで事足りるので旅行ならクレジットカードだけで十分かもしれません。

生活用品購入ですが、ケンブリッジは本当に生活し易く、みんな大好きSainsbury’s(ケンブリッジ学生はみんな使うのでww)があり、そこでシャンプーリンス、洗剤、食料、諸々購入可能です。

洗濯ですが、イギリスは硬水なので石灰を中和するCalgonと呼ばれる溶液が追加で必要です。(https://ameblo.jp/rieco-in-london/entry-12218280338.html)これを使わなかった同窓生が服が黒くなっていって悲しくなった、と言っていました。PeterhouseはLandryが共用で3つしか洗濯機がなくコイン制です。ここでは現金が必要なので、私は現金確保に少々困っています。。乾燥機もあるのですが、シャツを乾燥機にかけてしまって、皺くちゃになってしまいました。。アイロンもあるのですが、いまいち水が落ちたりで使いにくく。。幸いにもシャツは半袖だったのでこのまま次の夏まで放置かもしれません。。つまり、乾燥機が嫌いな方やシャツ系を干したい方には日本からタコ足物干し竿などを持ってこられるのをお勧めします。

交通手段ですが、Trainlineというアプリを入れると楽です。ケンブリッジからロンドンまで往復1900円くらい!!すごい!!1時間くらいですね、この間は。あと学割もさらにここから聞くのでrailcardの購入をお勧めします。4400円くらいですが、1年間30〜50%引きになるのでお得です。あとケンブリッジでは自転車を購入しました。16000円くらいでした。何気によく外に出るので、自転車があると快適ですし、人によってはCollegeが大学中枢から遠い場合もあるので、必須かもしれません。

銀行口座ですが、学校からLetterをもらわないといけません。この手続きは最速でやったのですが、貰えたのは昨日。。そして今日銀行行ったら口座開設の予約を取れたのが2週間後。。ということで、実質1ヶ月くらいかかりますね。。

服装ですが、本当に気をつけた方が良いです。着いた1週間は暑くて半袖半ズボンで過ごしていましたが、もう今(8月中旬)は寒い時があります。もちろん全体的には避暑地みたいで過ごしやすいのですが、秋服、もしくは冬服持参が必要だと思います。

以上!長くなりましたが、生活立ち上げの回でした!まだ他にも書かないといけないことがありますが、とりあえず!!

到着の時

イギリスに着きました!今はHeathrow空港からケンブリッジへ向かう直通バス(National Express)の中です。いや〜それにしても、どこでもWiFiが本当に飛んでるんですねぇ〜。日本にいるときは基本的に会社のネットワークと自宅のインターネット環境に頼っていたので、あまりWiFiがなくて困ったことはありませんが、イギリス(や日本以外の先進国)だとWiFiがあるのでネット環境に困りませんね。

さて、このバスに乗るまでに少し冷や汗。。。

まず一昨日までは、空港からケンブリッジまで電車を乗り継いで行く予定でした。まぁでも良く考えたら大変ですよね、、電車の乗り換え。旅行ではないので荷物も多いし。なんてことは想像もしていなかったのです。こういうところ、妻には「ちゃんと事前に考えないと体力もお金も無駄になるよ」と言われます。おっしゃる通り。それで、何も考えなかった私には代わりに(?)素晴らしい日本人同級生達がおります。一人の女性が直通のバスがあると教えてくれました!やはり女性の方がこういうのしっかり調べますよね。。

Heathrow着が15:50ですが、SIM契約もしたいので、余裕を見てバス発が17:05で予約。そしたら、、税関で1時間待ち(まぁこれも余裕見とけって話ですが)。当然初めての空港で右往左往、17:03にバス発着地に到着し、運転手に予約番号を携帯で見せると「スクリーンショットじゃダメ」と言われ・・・。(いや当たり前だけど。。)慌ててメールを立ち上げてチケット予約の確認メールを見せようと試行。でも、ネット環境繋がってないんだけど・・・しかも、もう17:04、運転手も早くしろ雰囲気ムンムン。。。それ!!となんとかメール文面が表示されました。空港のWiFiが外でも微妙に繋がっていたおかげです。

あぁ〜主旨が変わってる、、本当はその時の感動を記録するためのブログなのに。。。

そんなわけで、今はバスに乗っているのですが、WiFi様様です。イギリスの空港に初めて降り立ちました。でも上記のように感動する暇もなし、そして、まだ高速道路を走ってるだけなのでイギリス感もない。実感という意味でいうと実感はないですねぇ。そもそもこの「実感」というのは、これまでも湧いているのか湧いていないのかよく分かりません。。凜夏が産まれて、昨日まで毎日接していて、可愛いし、たまに大変だし、でもそれが実感??今も不思議な気持ちです。最長の海外滞在は高校の時のサマースクールで三週間か四週間。(2歳の時に母親の実家(静岡)にホームステイした人の実家(サンフランシスコ)に2ヶ月滞在したらしいけど、覚えてないし)なのに、今回は今日から1年間ケンブリッジ大学に滞在するなんて不思議。という気持ちです。ただ、必ずや実りある1年間にするという思いは持っています!!