食、家、イベント;Cambridge生活 Hints&Tips前編

最近Economist誌に出ていた世界の生活費が高いランキングを見ると、1位はパリ(ですよね、でもスイスの方が安い)で、なんと大阪が5位!!一方でロンドンは22位だ。確かに、イギリスの生活費は、住むという観点では安いと思う。 Cambridge生活を始めたばかりの時に、Cambridge生活の基本なるものを投稿したが、その後帰国して、「あまりにも基本過ぎるな・・・」と思い(海外生活初心者なので仕方ないが)、1年生活した結果のHints&Tipsを記載したい。

Economist、The world’s most expensive cities より

まずは「食」から。イギリスは食費が高い!!と言われるが、それは観光、つまり外食の話だと気づいた。スーパーの材料は安い。肉、野菜、アルコール。どれも安い。これはイギリス(というかアメリカやヨーロッパ)を電車で旅すると分かるが、基本平野(逆に西欧人が日本の新幹線に乗るとどこまでも町でびっくりするようだ)。よって、日本と異なり農地が広く取れるからだろう。高い(もしくは売っていない)のは、やはり魚介類。サーモンは売っているが安くない。唯一安くて味が良いのが「鯖」、さすがに毎日食べると飽きるので週一にしていた。お肉はなぜか牛肉があまり味がよくなく、豚肉がおいしかった。家に一番近いスーパー(というかコンビニの大きさだが)はCo-opで、一通り揃っている。ただ、肉は他の大手スーパーのSainsbery’sの方がおいしい。なので、大学の帰りにわざわざSainsbery’sに寄って豚肉を購入していた。日本の概念のコンビニはなく、スーパー各社が小さめの店舗を展開しているイメージで、品ぞろえは特有ではない。日本のコンビニがすごい!と言われる所以だ。24時間営業がどうかという議論がるように、Cambridgeのスーパーやコンビニライクな店は11時には閉まる。

Sainsbury’sの場所、Cambridgeの中心と言ってよい場所にある。自宅からは遠いけど。

料理については、どの家もガスがなくIHヒーターのため火力が弱い。その代わり(?)、どの家にもオーブンがある。なるほど、英国人は基本オーブンを使うのだな。ということで、オーブン料理を日本のデリッシュキッチンとかで調べるのだが、あまりレパートリーがなく、妻が苦労していた。オーブン料理は材料を切って、入れるだけなので楽。さすがイギリス。。。

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見た目はいいが、実は切って置くだけだったりす。逆に時短レシピと言える。

家については、やはり日本と違い色々と大変。まず探すのが大変だった。Cambridge学生は基本的に所属College内に住むことになるが、家族連れの家をCollege敷地内に持っているCollegeは少ない。唯一Churchill Collegeは敷地が広大で家族用住居を敷地内に多数有していることで有名。ただし、Cambridge中心部からは遠目(と言っても歩いて20分くらいだが・・・)。そのため、Collegeが借り上げている住居を借りるか、自身で探すことになる。私が所属したDowning Collegeも敷地内に家族用住居はなく借り上げもなかったため、自身で探した。自身で探す場合はCambridge大学全体の住居借り上げサービスを使うか、民間の業者を使うかになる。一般的な話だが大学のサービスは手続きが楽だが、選択肢が少ない。民間は選択肢が多いが手続きがめんどくさ(そう)く、手数料等色々かかる(と思う)。民間もrightmoveというサイトから探したり、直接不動産屋に赴いたりしたが、よい家が見つからず、結局大学のサービスを使った。金額イメージはCambridge中心から歩いて15分くらいで1500£/月くらいで、私の家は歩いて40分くらいで1000£/月だった。月13~15万円くらいか。

Lent Termの最後の授業後の飲み会も広いChurchill CollegeのCoat(庭?)で実施された

ただ、私の場合12月に妻子が渡英するということで、それに合わせて家をさがしたのだが、当然学生の入れ替えが激しいのは8月~9月。あまりよい物件が見つからず、遠いところになってしまった。私はよいが、妻子には不便。というのも、後述するが基本交通機関のバスが使いにくいからだ。一方で間取りは十分、2LDK。0歳児との3人暮らしだ。ちなみに家具は基本的についている。エレベーターなしの3階で、ベビーカーやスーツケースの上げ下ろしに苦難するのが難点。また、英国特有かどうか不明だが、基本マンションの洗濯機は共用で家の外にある。しかも、おそらく100世帯はいると思われるのに、洗濯機と乾燥機が各3台。少なすぎる。特に土日はいつも混んでいて妻が困っていた。そして、ここはコインが必要!!他の支払いはほとんど銀行のDebitカードなのに、洗濯機のために現金を使っていた。ちなみに、普段の支払い用にMonzoやRevolut等のFintech銀行を契約していた同級生(日本人も含めて)もいたので、それらを使うのもいいかもしれない。電気水道ガスであるが、上述のようにガスは使わない、ヒーターも電気。水は家賃に含まれていた。WiFiはマンションで飛んでいるのもあるが、高いため、別契約をした。水回りがいまいち汚く、特に備え付けのバスタブは入る気にならず、シャワー。0歳児用の風呂桶はAmazonで購入。まぁ1年も住まないので我慢ということにした。とはいえ全体的には悪くない。人生初の田舎くらしと思えばそれもまたよい経験。

右上の赤ポチが自宅、南にCambridgeの中心街がある。右下が駅。

子連れの平日や土日は教会や図書館のプログラムに行っていた。一方でMBA生としての私はイベントをFacebookで探して行くことが多かった。日本ではあまり馴染みがない(or 私がおっさんだから知らないだけ)が、自身の居住区をFacebookに登録しておく(もしくはネットワーク的にみているのか)と、周りで開催されるイベントがしょっちゅう通知される。そして、それぞれ中々面白い。Night Museumや公園でのBeer Garden、College主催の晩さん会などだ。日本だとあまり通知がこないので、やはりイギリスの方がFacebookを使ってイベント告知をするのが一般的なのだろう。Museumの話をしたが、イギリスのMuseumは基本タダ。ロンドンの大英博物館もナショナル・ギャラリーもタダだ。実はCambridgeにもMuseumがいくつかあり、特にFitzwilliam Museumは見ごたえがあった。Judgeの近くにあるので、勉強に疲れたらフラッと入ってリフレッシュするのにも使えた。月曜日休館には注意。

「Fitzwilliam Museum」の画像検索結果
Fitzwilliam Museumの外観
Fitzwilliam Museumから見たJudge Business School。右奥のカラフルな建物。つくづくいいところに学校があるなと思う。

お勧めしたいのはなんと言ってもPunting。Cam川を小さめの船で決まったルートを往復する。College群が見れて非常に良い。ビールを飲んだり、ワインと軽食を持ち込んでも良い。同級生も暇なときは「Punting行こう!」となってよく乗っていた。

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自分で漕げる。結構自分で漕いでいる人は多い。何人か川に落ちてたけど(笑

また土日は地元のPubが人気だった。Milton ArmsというPubで、Hungry Horseというイギリスのチェーン店。 このMilton Arms、料理も大したことないし完全にチェーン店なのだが、なぜか愛着が沸きよく家族でもお邪魔した。基本ビールのカールスバーグ、1パイント(約560ml)が1.75£で破格のお値段。もちろん、Cambridgeの中心ではこの値段はなく、私の家が郊外だからなのだろう。オジサン達は昼から飲んでいるし、普通に食事もできるので、家族連れも多い。

上の赤丸が自宅、下の赤丸がMilton Arms。ちなみにもっと下にCo-op(Co-operative)がある

今回は基本生活について紹介した。1年だったが、結構満喫したなと思う。次回は交通機関について記載したい。

科学の素晴らしさを教えていただいた、スティーブン・ホーキング博士に感謝を込めて

日本の雑誌だがNewtonという科学雑誌がある(名前からして英語圏の雑誌だとずっと思っていた。。。)。父親の会社が定期購読していたのか、小学生の頃父がよく持って帰って来てくれた。最新科学研究や技術の事を分かりやすいヴィジュアルと文章で説明しているもので、子供でも分かりやすく、また、興奮する読み物だった。男子なので宇宙は好きで、その時よく名前が出ていたのが、スティーブン・ホーキングだ。おかげで、相対性理論の概略は小学生の頃に知っていたと思う。読んではいないが、その時代に出版されていた本がまさに「ホーキング、宇宙を語る」で、彼が目指していた事が「子供にも分かりやすく(難しい数式等を使わずに)宇宙の事を説明する」だったので、僭越ながら、その目的は達成されていると言ってよいだろうと思う。

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科学雑誌Newtonの表紙の一例、このような表紙を見られた方も多いのでは

私が理系に進んだ理由は、彼の影響もあり「科学とはなんて不思議で面白く魔法のようなのだろう」と思ったからであり、Cambridge大学に興味を持ったのも、彼が在籍していたからでもある。

ご存じない方もいると思うが、スティーブン・ホーキング博士は難病を抱えながら76年を生き抜き、その間に宇宙物理学で類まれなる業績を示し、子供たちに夢を与えた方だ。初めて博士を見られた方は、失礼ながら、機械に囲まれ車椅子で現れる出で立ちに驚かれると思うが、そのような難病を抱えながらも素晴らしい業績を残された方だ。その生涯を知りたい方は「博士と彼女のセオリー」(英語版タイトルは「The Theory of Everything」、なんとお似合いのタイトルか!)をご覧になるとよいと思う。主演はハリーポッターシリーズのファンタスティックビーストでお馴染みの、エディ・レッドメイン(最初ベネディクト・カンバーバッチと記載していた、恥ずかしい。。)だ。

「スティーブン ホーキング」の画像検索結果
ホーキング博士とエディ・レッドメイン

そのホーキング博士が亡くなったのが2018年3月14日。私がCambridge大学に入学する6か月前だ。娘が生まれた年でもある。ちなみに我々の結婚記念日も3月14日、円周率にちなんで。この日はアインシュタインの誕生日でもある。だから何だ?という話だが、ホーキング博士自身も「ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう」で「私はガリレオが死んだ日のきっかり300年後に生まれた。」と記載しているので、そういうことに思いをはせても良いだろう。

彼はCambridge大学のGonville and Caius College(ノーベル賞受賞者多数輩出のCollege)で、葬儀では「ケンブリッジの心臓部であり、世界で最も認知度の高い通りのひとつであるキングズパレードに沿って、ぎっしりと並ぶ群衆が目に入った。これほど大勢の人たちが、これほどしんとしているのを私は見たことがない。」と「ビッククエスチョン」にホーキング博士の娘さんの記載があった。MBA生でも一人このCollege所属の女性がいて、日本人だったので、Formal Fallに連れて行ってもらった。結構レアCollege(MBA生が少ないorいない)なので、雰囲気を堪能出来てよかった。

ホーキング博士所属の Gonville and Caius College の入口への献花
ご葬儀の様子

この「ビッククエスチョン」という彼の最後の本を読み、「やはり、素晴らしい人だったのだな」と感じた。是非ご一読いただきたい。

相変わらず専門家でなくても分かるように注意を払って記載されており(と言っても私が物理等を学んでいたから分かりやすい部分はあると思うが)、テーマ(クエスチョン)も面白い。一例として最初のクエスチョンをあげる。それは「神は存在するのか?」だ。私の拙い文章による誤解を恐れずに言うと、ホーキング博士の答えは「創造主は存在しない」だ。なぜなら、創造主が存在するのであれば、ビックバンを起こしたのは創造主であるが、ビックバン以前には時間が存在しないため、創造主という概念も存在しようがないから、ということだ(微妙なニュアンスや解釈の違いがあると思うので気になる方はご一読を)。何もないことから何かが起きるのだろうか?基本的に世の中の結果の全てには原因があるというのが論理的だろうと思う。が、実は今この時も、何もないところからエネルギー(物質と言ってもいい)が生まれており、それは突然だ。ただ、その世界は量子力学の非常に小さい世界の話である。ただしビックバンもそのスケールの話なので、矛盾はない。

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ビックバンの前とこの時空間の外には時間さえもない

ここで、相対性理論や量子力学を学んでいてよかったなと思うことが二つある。一つは「この世には、やはり絶対はない」ということが理解できることと、「世界が広がる」ということだ。二つは被る部分もあるが、1点目は、前述のように、原因があり結果があるのが当たり前でみな無意識にその文脈で仕事や生活をしている、特にロジカルなビジネスマンであれば尚更だ。しかし、それでさえ、この世の中では絶対ではない。その事が心底理解できることだ。2点目は、我々はどうしても自分が普段近くできる範囲で物事を考えてしまうが、この世には、その範囲では理解できない世界が存在することが改めて分かることだ。例えば、時間は連続して流れている(アナログ的)ように我々は感じるが、最近の研究では時間(と空間)の最小単位はプランク定数と呼ばれる極小の長さのようだ(デジタル的)。宇宙や量子の世界は、今人間の目の前で起こっている事とは異なる事が日々発生している。そういう世の中が現実にあるという事実を知るだけで、自身の世界を広げてくれると思う。

繰り返しになるが、そういう世界があることを教えてくれたのはスティーブン・ホーキングで、私の世界を広げてくれたのも彼だ。直接お会いすることは叶わなかったが、直接お会いしたところで、何も喋れなかったであろう( エディ・レッドメインも「憧れのスティーブン当人についに対面を果たしたとき、僕は打ちのめされた」、つまらない星座が一緒だという話をしてしまった、と言っている)。願わくば、今後の人生でスティーブン・ホーキング博士の業績に何かしらの形で関わる事が出来ればと思っている。