1歳児の8泊9日クルーズ旅行;アドリア海クルーズ

地中海の女王をご存じだろうか?言わずと知れた(?)ヴェネチア共和国の事である。なんとも男のロマンが詰まった国だと思う。大航海時代に、海賊、クルセイダー(十字軍)、ドーシェ(元首)、サン・マルコ、多様な物産と人が集まる交易国家等々。そんなロマンを感じたければ是非、塩野七生の「海の都の物語ーヴェネチア共和国の千年」をご一読いただきたい。この本を読んでから、常々訪れたいと思っていたヴェネチア、唯一感じる事が出来たのは初バイトの時にOpen前から行っている、ディズニー・シーだ。テーマパークであれほど素晴らしいのだから、本物はすごいだろうと期待していた。案の定素晴らしかった!!(イギリスと違い)ご飯もおいしいし、細い道と水路、イケてる橋、急に現れる広場、周りに見える小島々。空から見るとまさに海の中の都市。昔の人はこの国(都市)をどのような思いで見ていたのだろう。ロマンですな。

「ヴェネチア共和国」の画像検索結果
かつて、地中海の最強国家と言われていた
飛行機からのヴェネチアの写真、天気悪いが、これを見たときは感動した。ちょうど上の絵の左の方からこの写真に写っている道路が伸びてる

そんなかつての大交易国家からのクルーズ旅行がケンブリッジMBA最後のイベントだった。

クルーズ旅行と言うと、大豪華客船でセレブリティが夜な夜なパーティとカジノに明け暮れる超上流階級の旅行だと、日本だと思われがちであるが、そんなことはない。そこはさすがヨーロッパ、様々なランクのクルーズ旅行がある。私たちが利用したのは主に、ファミリー層向けと言われている、MSCクルーズとコスタだ。コスタはハネームーン時に利用し、MSCは今回利用した。基本的な船の構造は一緒。レストランがあり、プールがあり、バー、ショップ、カジノ、ミュージカルホールがある。値段もほぼ同じだ。違いは、コスタの方が少し豪華な船内で、MSCの方が料理がおいしい。コスタには複数のレストラン(追加料金要)があるが、MSCはメインのレストランのみだ。しかし、コスタは毎日の食事が楽しみではなかったが、MSCはそれなりにおいしく、楽しみにレストランに行けた。子供向けの料理もあり、味見したが結構おいしかった。娘は買ってきた離乳食と柔らかいパンしか食べなかったけど。そろそろ食の好き嫌いが出てきて、困る時期で離乳食を拒否したりする。それでもパンはずっと食べ続けるので、とりあえずパンを常備していれば安心ではある。あと、なぜかブロッコリーが好きで、レストランでも出てくるのでそれを食べさせた。妻曰く、何かのサイト情報で、「ブロッコリーを食べていればとりあえず大丈夫」と記載があったようで、まぁならいいか、と。。

”Why?”をクルーズのレストランで優雅に(?)している食事中の娘、髪がないけど、女の子です。半年たった現在も髪増えたのに、男の子に間違われます。
こちらは2014年に乗ったコスタの船の写真、こう見ると大きい。

MSCはサービスがひどかった。部屋についたらカードキーが利かず、ポーターやサービスデスクに何回もお願いしに行って2日目にようやくカードキーを取り換えてくれた(その間、鍵自体が壊れているから直す等々でカードキーを交換してくれなかった)。また、船内ところどころエレベーターのボタンがはがれていたり、残念なところがある。そういうのを気にする場合はコスタの方がよいだろう。豪華感はコスタの方が高い。部屋は少し高くても窓側をお勧めする。船内の窓がない部屋だと圧迫感がすごいと想像される。今回はダブルベットに親子3人で川の字で寝た。

コスタで寄港した港町(ちょっと当時と違うが)、ラ・スペツィアからはフィレンツェに行ける。記載がないが、ベネツィアを含む4大海洋都市国家のジェノバにも寄港して、そこが妻と私の一番のお気に入りだった。

ハネムーンの時はドバイ経由の飛行機でバルセロナ発クルーズだった。12月31日に日本帰国着の予定だったのだが、なんと帰国時のドバイのトランジットが飛行機遅れのせいで失敗して、エミレーツ航空の人に「Please come 24 hours later」と言われ、24 hours!!!?と思った。が、せっかくなので、ホテルを取りドバイ観光をした。保険で、ホテル代等々も落ちた。しかし、年末年始ということで、ドバイは激混みで交通機関もあまり発達していなく(高いビルはいっぱいあるが、当時はそれに公共交通が追い付いていないイメージだった)飛行機に遅れるのでは?という心配性私のせいもあり、人生で初めて妻と喧嘩した。ハネムーンあるあるだが、これが今のところ唯一の喧嘩(なぜなら家庭では私が下だから。。)。

さてMSNの旅程は以下の通り。全て記載すると長くなるので今回はかいつまんで記載したい。

今回の旅程はアルバニアの代わりにサントリーニ島の上のミコノス島寄港

まずヴェネチアだが、ホテルが高い。今回もBooking.comで探した。Hotel universo e nordだ。これまでの平均を考えても少し高めの値段で泊ったのだが、建物は継ぎ足し感満載の迷路のような廊下で部屋も狭くて小汚い。しかし、ヴェネチア唯一の鉄道駅からは近く、幼児がいるとそういう部分はケチれないので仕方がない。到着日はMBA同級生のFrancesco(イタリア人、ヴェネチアの北、オーストリア近くが実家)に教えてもらったOsteria Bea Vitaへ。この界隈はあまり観光客も来ないエリアのようだが、水路わきにレストランが並んでおり、どれもいい雰囲気でおいしそう。そして、ちゃんとベビーチェアがある。本当、ヨーロッパにはどこにでもありますな、ベビーチェア。次の日は午後にクルーズ搭乗なので、サンマルコ広場等々の観光地を回った。とにかく人が多かった、スリに常に注意しながら街並みに感動してクルーズへ。微妙に港に行きにくく、タクシーを使ったのだが、実はモノレールがあることを後で知った。

左から二番目の日本ハチマキをしているのがFrancesco。MBA内で企画した酒Partyの一幕。
真ん中のハートマークがホテルの場所でその左となりが唯一の電車駅。右上の緑マークが夕食場所。左下がクルーズ船の寄港地だ。実は真ん中下の緑マークが複数あるところからモノレールが出ているのだが、後で知った。

ヴェネチア出港はロマン溢れる。ヴェネチアの大動脈と言われるカナル・グランデはさすがに通れないが、左手にヴェネチア本島、右手に群島を見ながらの出港だ。次の寄港地はクロアチアのSplit。初のクロアチア入国だ。GCPでクロアチアに行った日本人から、ここも料理がおいしいと聞いていた。ただ、Splitやドブロブニクはもはや観光地のクルーズ客狙いなので、基本高い。が、Splitでは頑張って歩いて探して少し離れたところのレストランŠperun trgで食事。値段もそこそこでおいしかった。

ヴェネチア出港時、娘は爆睡。

次の寄港地は今回のハイライトでもある、青と白の建物が有名なサントリーニ島だ!ここに行くまでは距離があるので、船内で過ごす日が1日ある。この間は、プールに行ったり、ベビースペースに行ったり、昼からビールを飲んで、ソーセージを食べたりしている。ちなみに、船内フードは基本料金に含まれていて、飲み物は個別に頼むか、飲み放題プランにするかだ。ハネムーン時は飲み放題プランにしたが、今回は娘がいて、妻も授乳中だし、それほど飲むタイミングもないだろうということで個別にした。それでも、寄港地では毎昼ビールを飲ませていただきましたが。

今回の船内写真がなかった。これは2014年のコスタの船内写真。クリスマスの日の一幕だ。

さて、サントリニー島。クルーズ旅行の利点はなんといっても、寝ている間に移動してくれ、大きな荷物を持ち歩かなくてよいことだ。一方で、欠点は船の出港時間は決まっているので、あまり観光の時間がないということだ。寄港地毎にExcursionと呼ばれるオプショナルツアーが用意されている。クルーズからサントリーニ島の港へは小舟のピストン輸送ということで、並ばないといけないのだが、ツアー(Excursion)だと優先的に小舟に乗ることができる。よって、よい旅程があればそれを申し込んだのだが、サントリニー島では今回行きたいメインのOia(イア)のみのExcursionがなく、個人で行くことにした。その場合、小舟の整理券を取るために事前に並んだ。無事、一番早い船の整理券を得ることができた。小舟の寄港地からはケーブルカーで頂上の町Pyrgosへ行き、そこからバスでOiaだ。

右下が船がとまる町、そこからバスで40分ほどで左上のOiaが白と青の家々で有名な場所だ

Oiaは期待通り美しい町だった。一通り回って、レストランへ行った。ツアーだとレストランに寄る時間があるものがなく、是非この美しい街並みと海岸を背景にお昼を食べたかったので、これがハイライトのハイライトだ。この時もいくつかレストランを回り決めた。ギリギリ最後の一つに残っていた窓辺の席に座れ、本当に優雅で最高のひと時を過ごし、気持ちも高揚した!!しかし、この後まさか、あんなことが。。。

いい場所だったが、GoogleMap上だとどれか分からなかった。行けば分かると思うけど。。
景色と相まって、絶品

油断した。。ビールも飲んで大分気分が良い中、財布を適当にバックに入れてしまったのだ。。帰りのケーブルカーに乗るときにお金を払うために財布を探したところ、なくなっていた。スラれたのか落としたのか定かではないが、これまでMBA期間中何回もスリが多いところに行ったが、何も問題がなかった。それが、最後の最後でこの失態。妻も私も気持ちが落ち込んでしまった。幸い、妻のカードは別の財布に入れていたので、それで今後の支払いを実施した。本当に、海外旅行は常に気持ちをしっかり持っていないといけないと、改めて、思った。この後、夜にミコノス島に寄港したのだが、外に出る元気もなく、戒めも含めてこの日は船内で待機した。

気持ちをもどし、次の寄港地ドブロブニクでは楽しんだ。魔女の宅急便の町と言われているドブロブニク。この城塞都市はかっこよかった。この時ブランチ(というかワインを飲んだだけだが)をドブロブニクを望む山にあったRestaurant Panoramaで、お昼を城壁内で食べた。しかし昼食前、娘が私の抱っこ紐を嫌がり、妻が抱っこ紐をしていたのだが、もうこの歳の幼児の重さは女性にはつらかったようで、お昼はすぐに見つかる大通り沿いで食べてしまった。正直味はいまいち、お金は高い。この後、元気になって少し路地裏を散歩した。明らかに、そこの方が雰囲気もよくよさげなレストランがたくさんあった。やはり、レストランは路地裏に限る。ドブロブニクは残念ながらもう観光地化しており、非常に多くの人、少し趣きが足りなかった。以前ハネムーンで行った、フィレンツェも人でごった返しており、同じ感じを受けた。それでもドブロブニクは行きたい場所だったので、観光することができてよかった。

ドブロブニクの城壁を見下ろすレストラン、予約なしで入れた
間違いなくここら辺の路地裏お店がいい

一方で、最後の寄港地イタリア・アンコーナは期待していなかった事もあり、非常に我々の点数が高かった。まず、町がガヤガヤしていなくて穏やかで、海も穏やか。路地も小奇麗ながらも昔の街並みが残っていてカワイイ。丘にある教会や壁も遠くから見るとカッコよく、往時はサラセンの海賊の接近をここから注視していたのかと思わせる(本当にそうかは知らない)。食事も街中の歩道のテラスで。おいしかった。

最後にヴェネチアに戻り、ヴェネチアングラスで有名なムラーノ島へ行こうと思っていた。が、なんと、スーツケースが出てこない。。クルーズでは下船の前日にスーツケースを部屋の外に出しておくOperationで、それを下船後に受け取る。しかし、既定の順番になっても出てこない。。我々以外にも数名同じ状況の人たちが。。。大分時間が経って、スーツケースが出てきた。理由が分かった。順番を示すシールを縦に貼るべきものを横に貼ってしまっていたからだ。まぁ、貼り方が悪かったのだが、それくらい見て欲しい。。おかげでムラーノ島に行く時間はなく、と言いたいところだが、飛行機の時間を考えるとドダイ無理だったかもしれない。ムラーノ島に行く船はスリが多発地帯らしいので、この時は行かない方がよかったのかもしれない。ムラーノ島は諦めてゆっくり水路沿いで昼を食べ(この時も路地狙い)英国に帰国した。

このMBA生活で、私は10か国にVisitし、娘は1歳にして8か国を制覇した。ヨーロッパMBAの真骨頂?ですな。ありがたいことです。そして、改めて本当にスリには注意し、不要なカードや現金は別に保管しつつ、持つ場合も分散させるべきだと実感した。

リスク回避策必須!イギリスの公共交通機関;Cambridge生活Hints&Tips後編

外国に住む、とやはり日本が恋しくなる時もあるし、日本の方が何かと安心だなと思う。しかし、不思議なもので、ヨーロッパ旅行から帰ってくると、「Cambridgeに帰ってきたな」と安心するようになっていた。まるで、日本にいて(阿佐ヶ谷に住んでたのだが)中央線で中野辺りに着くと「あぁ、帰ってきたな」と感じるのと同じ思いだった。

自分にとって、そんな思いになったCambridge、前回は生活の基本について記載したが、今回は悪評高い公共交通機関。ちなみにもう一つ悪評が高いのはイギリスの医療制度NHS(Naitonal Health Service)だ。イギリスの選挙の時にも毎回何かしら話題に上がる。いきなり脱線するが、このNHS、私としてはそれほど悪くはなかった。最も大きい悪評は、「予約しても待ち時間が長い!」だ。実際ロンドン在住の同級生(中国人)が子供を産んだ後よく病院に行くらしいのだが、待ち時間の長さに辟易していた。しかし、そこは田舎のCambridge、基本予約しないと受け付けてくれないが、待たされたことはない。その代わり、時間通りに行かないと別の日に回される。VISA取得時に比較的高額な保険料を払うのだが、医療は全部基本タダだし、薬も安かった。

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イギリス人が考える重要な政治的課題、いつもNHSは上位。上記は2015年。

さて、公共交通機関の話に戻ると、Cambrige内の公共交通機関はバスが基本。が、日曜日はお休み・・・なんで?やはりそこらへんはキリスト教の流れなのか。おかげで日曜日に家族にどこか行くためには歩きかタクシー。Uberだと中心まで8£くらい。バス自体もCambridge中心まで一人2.5£で少し高め。当然のように時間通りには来ないため、平日の通学は自転車か歩きにした。最終的には、自転車の小回りが利かない感じが嫌で徒歩通学にした。毎日40分の往復だが、運動がてら悪くない。タクシーはUberかPantherというLocalタクシー。どちらもアプリで呼べるので、どっちでも良いと思うが、他国でも使えるのでUberを使っていた(実はそれぞれの国がUberよりも安いRide-hailingアプリがあるパリならKapten、イスラエルならGett等)。

「cambridge bus map」の画像検索結果
Bus Map、実は他のバスもあるので、City Centreまで行く最適解を理解するまで時間かかった。。。

とはいえ自転車は必要。家は東側だが、技術系の研究所の多いWest Cambridgeに行くには自転車がいるし、一人でロンドンとかに行く場合も自転車で駅に行く。ちなみにWest CambridgeにはChurchill Collegeもあり、やはり理系のノーベル賞受賞者が多く所属している。Cambridgeは犯罪も少なく、東京より安全だと言っていいと思う(ロンドンはテロもあるし、それでなくても危険だけど)。唯一あるのが自転車盗難。ただ、それも定期的にCambridge外から窃盗団みたいなのが夜中にやってきて根こそぎ盗んでいくもので、Cambridge内に盗難者が多いということではない。そして、私は8月に新品で110£ほどで購入した自転車を8月に盗まれた。Judgeの敷地内にチェーンで止めていたのだが、その敷地は誰でも入れるしチェーンは壊されやすいと言われていたのに変えなかった。自転車はCollege内等のClosedな敷地内にとめ、鍵もU字型のしっかしりたものをお勧めする。学生は中古を購入するのだが、私は8月に来たので、最初は中古購入の機会がなかった。ただ、盗難後はJudgeのAlumniによる中古購入会にて70£で購入。ボロボロで、6か月後に壊れて、また新品を購入した。Cambridgeの自転車生活は無駄にコストをかけてしまった気がする。

自転車といえば、Cambridgeでは有名なようで、テイラー・スウィフトも御用達のCambridge Satchelは自転車がロゴマークだ。当然私は知らなかったのだが、妻が知っていて、バックを購入していた。私も就職後用にノートカバーを購入した。リーズナブルで、なんと学割も効くので是非お土産や自分用に購入したらいかがだろうか?

購入したCambridge Satchelのノートカバー、自転車のロゴマーク、中々良いと思う

日本への帰国や旅行時には当然空港を活用するが、イギリスの主要空港はいくつかあり、私が使用した空港をあげると、ヒースロー空港、スタンステッド空港、そしてルートン空港だ。日本人になじみがあるのはヒースロー空港だろう。日本への直行便は(調べてないが)基本的にこの空港発着。しかし、国際空港あるあるだが、特にCambridgeからはなんとも行きにくい場所にある。電車を使うと、ヒースローからパディントン駅まで15分、そこからKingsCross駅(ハリーポッターの9と3/4ホームがある駅)まで20分ほど、KingsCrossからCambridgeまで1時間だ。実際は待ち時間や乗り換えで2時間以上はかかり、Cambridge駅から自宅まではUberとなる。National Expressというバスもあり、こちらは直行なので楽だが時間は3時間近くかかる。どちらをお勧めするかは悩ましい。一方でスタンステッド空港はCambridge駅から直通で30分いかないくらいだ。よって、ヨーロッパ旅行をするときはもっぱらスタンステッド空港発着の便を狙う。ルートンは電車だと行きにくいがヒースローよりは近くバスで1時間くらいなので、スタンステッドがないときはこちらを使った。同級生と旅行に行くときはハイヤーを頼んでShareすればルートンまでも行きやすい。

最後に、帰国時の注意点だ。まず、バスや電車は故障や大幅に遅れたり急にCancelされたりする。それも日本とは比較にならないほど頻繁に。1年住んでいたら10回くらいはそういうことに遭遇すると思っていた方がいい。実際、Japan Trekのために日本へ単独で一時帰国したさいには、乗る予定だったCambridge駅からKingsCross駅までの電車がCancelされて次の電車に乗ったのだが、危うく飛行機に乗り遅れるところだった。それもあってか、航空券には「離陸の3時間前には空港に着くように」と記載がある。日本だと2時間前だと思うが。が、それでも危険。私の本帰国時、9月中旬だが、ヒースロー空港からの直通を家族3人分予約していた。今回は荷物も多く幼児もいるのでCambridgeからのNational Expressを予約した。上記の危険性は知っていたので、4時間前に着くバスを予約し、子供はKids Spaceで遊ばせながらのんびり飛行機を待つ予定だった。それが、3時間の遅延により、ギリギリのチェックインとなってしまった。経緯を書くと、まずCambridgeのBus Stationには時間通りバスが到着した。これで遂に帰国だ、と妻共々少し感慨にふけっていた。が、そんな思いを壊す事が。。中継地点のStansted空港に着く前でバスの故障が告げられ、バスの乗り換えが必要と言われた。そのバスの乗り換えで90分ほどStansted空港で立ち往生。当然私や他の乗客も飛行機の時間を言って「間に合うのか?」と詰め寄るがスタッフは「たぶん大丈夫だろう」というだけ。私達より1時間早い便の人たちもいて、私でさえ「本当に大丈夫か?」と思った。そして、バスが来たのはいいが、今度は渋滞でヒースロー空港にいつ着くかも分からない。結果、我々は離陸の1時間前くらいにチェックインカウンターに着いたのだが、何人かはきっと飛行機に乗れなかったと思う。この帰国は結構恐怖だった。妻と二人ならまだしも(実際ハネムーン時に、飛行機が遅れて乗り換えができず、ドバイで24時間過ごしたことがある)、幼児を連れての飛行機乗り遅れによる空港Stayは恐怖でしかなかった。(ちなみにこの前の週にアドリア海クルーズに行ったのだが、そこでうつったのか、私は下痢と嘔吐で帰国準備できず。そして、さらにそれがうつって、妻が飛行機で下痢嘔吐。娘はフライト中ずっと大泣き。さらに帰国した夜、今度は娘が下痢と嘔吐。。大変だったが、本当に帰国できてよかった。)

以上、やはりMBAというだけはなく、1年海外に住むと色々と学べる。違う生活という物が世の中にあるということが肌感覚で分かる。そして、海外滞在/旅行スキルは格段に上がったと思う。だとしても、調子にのらず(実際油断したら上記のアドリア海クルーズで、サントリーニ島で財布を盗まれた。。。)海外渡航をすべきだと思う。

食、家、イベント;Cambridge生活 Hints&Tips前編

最近Economist誌に出ていた世界の生活費が高いランキングを見ると、1位はパリ(ですよね、でもスイスの方が安い)で、なんと大阪が5位!!一方でロンドンは22位だ。確かに、イギリスの生活費は、住むという観点では安いと思う。 Cambridge生活を始めたばかりの時に、Cambridge生活の基本なるものを投稿したが、その後帰国して、「あまりにも基本過ぎるな・・・」と思い(海外生活初心者なので仕方ないが)、1年生活した結果のHints&Tipsを記載したい。

Economist、The world’s most expensive cities より

まずは「食」から。イギリスは食費が高い!!と言われるが、それは観光、つまり外食の話だと気づいた。スーパーの材料は安い。肉、野菜、アルコール。どれも安い。これはイギリス(というかアメリカやヨーロッパ)を電車で旅すると分かるが、基本平野(逆に西欧人が日本の新幹線に乗るとどこまでも町でびっくりするようだ)。よって、日本と異なり農地が広く取れるからだろう。高い(もしくは売っていない)のは、やはり魚介類。サーモンは売っているが安くない。唯一安くて味が良いのが「鯖」、さすがに毎日食べると飽きるので週一にしていた。お肉はなぜか牛肉があまり味がよくなく、豚肉がおいしかった。家に一番近いスーパー(というかコンビニの大きさだが)はCo-opで、一通り揃っている。ただ、肉は他の大手スーパーのSainsbery’sの方がおいしい。なので、大学の帰りにわざわざSainsbery’sに寄って豚肉を購入していた。日本の概念のコンビニはなく、スーパー各社が小さめの店舗を展開しているイメージで、品ぞろえは特有ではない。日本のコンビニがすごい!と言われる所以だ。24時間営業がどうかという議論がるように、Cambridgeのスーパーやコンビニライクな店は11時には閉まる。

Sainsbury’sの場所、Cambridgeの中心と言ってよい場所にある。自宅からは遠いけど。

料理については、どの家もガスがなくIHヒーターのため火力が弱い。その代わり(?)、どの家にもオーブンがある。なるほど、英国人は基本オーブンを使うのだな。ということで、オーブン料理を日本のデリッシュキッチンとかで調べるのだが、あまりレパートリーがなく、妻が苦労していた。オーブン料理は材料を切って、入れるだけなので楽。さすがイギリス。。。

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見た目はいいが、実は切って置くだけだったりす。逆に時短レシピと言える。

家については、やはり日本と違い色々と大変。まず探すのが大変だった。Cambridge学生は基本的に所属College内に住むことになるが、家族連れの家をCollege敷地内に持っているCollegeは少ない。唯一Churchill Collegeは敷地が広大で家族用住居を敷地内に多数有していることで有名。ただし、Cambridge中心部からは遠目(と言っても歩いて20分くらいだが・・・)。そのため、Collegeが借り上げている住居を借りるか、自身で探すことになる。私が所属したDowning Collegeも敷地内に家族用住居はなく借り上げもなかったため、自身で探した。自身で探す場合はCambridge大学全体の住居借り上げサービスを使うか、民間の業者を使うかになる。一般的な話だが大学のサービスは手続きが楽だが、選択肢が少ない。民間は選択肢が多いが手続きがめんどくさ(そう)く、手数料等色々かかる(と思う)。民間もrightmoveというサイトから探したり、直接不動産屋に赴いたりしたが、よい家が見つからず、結局大学のサービスを使った。金額イメージはCambridge中心から歩いて15分くらいで1500£/月くらいで、私の家は歩いて40分くらいで1000£/月だった。月13~15万円くらいか。

Lent Termの最後の授業後の飲み会も広いChurchill CollegeのCoat(庭?)で実施された

ただ、私の場合12月に妻子が渡英するということで、それに合わせて家をさがしたのだが、当然学生の入れ替えが激しいのは8月~9月。あまりよい物件が見つからず、遠いところになってしまった。私はよいが、妻子には不便。というのも、後述するが基本交通機関のバスが使いにくいからだ。一方で間取りは十分、2LDK。0歳児との3人暮らしだ。ちなみに家具は基本的についている。エレベーターなしの3階で、ベビーカーやスーツケースの上げ下ろしに苦難するのが難点。また、英国特有かどうか不明だが、基本マンションの洗濯機は共用で家の外にある。しかも、おそらく100世帯はいると思われるのに、洗濯機と乾燥機が各3台。少なすぎる。特に土日はいつも混んでいて妻が困っていた。そして、ここはコインが必要!!他の支払いはほとんど銀行のDebitカードなのに、洗濯機のために現金を使っていた。ちなみに、普段の支払い用にMonzoやRevolut等のFintech銀行を契約していた同級生(日本人も含めて)もいたので、それらを使うのもいいかもしれない。電気水道ガスであるが、上述のようにガスは使わない、ヒーターも電気。水は家賃に含まれていた。WiFiはマンションで飛んでいるのもあるが、高いため、別契約をした。水回りがいまいち汚く、特に備え付けのバスタブは入る気にならず、シャワー。0歳児用の風呂桶はAmazonで購入。まぁ1年も住まないので我慢ということにした。とはいえ全体的には悪くない。人生初の田舎くらしと思えばそれもまたよい経験。

右上の赤ポチが自宅、南にCambridgeの中心街がある。右下が駅。

子連れの平日や土日は教会や図書館のプログラムに行っていた。一方でMBA生としての私はイベントをFacebookで探して行くことが多かった。日本ではあまり馴染みがない(or 私がおっさんだから知らないだけ)が、自身の居住区をFacebookに登録しておく(もしくはネットワーク的にみているのか)と、周りで開催されるイベントがしょっちゅう通知される。そして、それぞれ中々面白い。Night Museumや公園でのBeer Garden、College主催の晩さん会などだ。日本だとあまり通知がこないので、やはりイギリスの方がFacebookを使ってイベント告知をするのが一般的なのだろう。Museumの話をしたが、イギリスのMuseumは基本タダ。ロンドンの大英博物館もナショナル・ギャラリーもタダだ。実はCambridgeにもMuseumがいくつかあり、特にFitzwilliam Museumは見ごたえがあった。Judgeの近くにあるので、勉強に疲れたらフラッと入ってリフレッシュするのにも使えた。月曜日休館には注意。

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Fitzwilliam Museumの外観
Fitzwilliam Museumから見たJudge Business School。右奥のカラフルな建物。つくづくいいところに学校があるなと思う。

お勧めしたいのはなんと言ってもPunting。Cam川を小さめの船で決まったルートを往復する。College群が見れて非常に良い。ビールを飲んだり、ワインと軽食を持ち込んでも良い。同級生も暇なときは「Punting行こう!」となってよく乗っていた。

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自分で漕げる。結構自分で漕いでいる人は多い。何人か川に落ちてたけど(笑

また土日は地元のPubが人気だった。Milton ArmsというPubで、Hungry Horseというイギリスのチェーン店。 このMilton Arms、料理も大したことないし完全にチェーン店なのだが、なぜか愛着が沸きよく家族でもお邪魔した。基本ビールのカールスバーグ、1パイント(約560ml)が1.75£で破格のお値段。もちろん、Cambridgeの中心ではこの値段はなく、私の家が郊外だからなのだろう。オジサン達は昼から飲んでいるし、普通に食事もできるので、家族連れも多い。

上の赤丸が自宅、下の赤丸がMilton Arms。ちなみにもっと下にCo-op(Co-operative)がある

今回は基本生活について紹介した。1年だったが、結構満喫したなと思う。次回は交通機関について記載したい。

科学の素晴らしさを教えていただいた、スティーブン・ホーキング博士に感謝を込めて

日本の雑誌だがNewtonという科学雑誌がある(名前からして英語圏の雑誌だとずっと思っていた。。。)。父親の会社が定期購読していたのか、小学生の頃父がよく持って帰って来てくれた。最新科学研究や技術の事を分かりやすいヴィジュアルと文章で説明しているもので、子供でも分かりやすく、また、興奮する読み物だった。男子なので宇宙は好きで、その時よく名前が出ていたのが、スティーブン・ホーキングだ。おかげで、相対性理論の概略は小学生の頃に知っていたと思う。読んではいないが、その時代に出版されていた本がまさに「ホーキング、宇宙を語る」で、彼が目指していた事が「子供にも分かりやすく(難しい数式等を使わずに)宇宙の事を説明する」だったので、僭越ながら、その目的は達成されていると言ってよいだろうと思う。

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科学雑誌Newtonの表紙の一例、このような表紙を見られた方も多いのでは

私が理系に進んだ理由は、彼の影響もあり「科学とはなんて不思議で面白く魔法のようなのだろう」と思ったからであり、Cambridge大学に興味を持ったのも、彼が在籍していたからでもある。

ご存じない方もいると思うが、スティーブン・ホーキング博士は難病を抱えながら76年を生き抜き、その間に宇宙物理学で類まれなる業績を示し、子供たちに夢を与えた方だ。初めて博士を見られた方は、失礼ながら、機械に囲まれ車椅子で現れる出で立ちに驚かれると思うが、そのような難病を抱えながらも素晴らしい業績を残された方だ。その生涯を知りたい方は「博士と彼女のセオリー」(英語版タイトルは「The Theory of Everything」、なんとお似合いのタイトルか!)をご覧になるとよいと思う。主演はハリーポッターシリーズのファンタスティックビーストでお馴染みの、エディ・レッドメイン(最初ベネディクト・カンバーバッチと記載していた、恥ずかしい。。)だ。

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ホーキング博士とエディ・レッドメイン

そのホーキング博士が亡くなったのが2018年3月14日。私がCambridge大学に入学する6か月前だ。娘が生まれた年でもある。ちなみに我々の結婚記念日も3月14日、円周率にちなんで。この日はアインシュタインの誕生日でもある。だから何だ?という話だが、ホーキング博士自身も「ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう」で「私はガリレオが死んだ日のきっかり300年後に生まれた。」と記載しているので、そういうことに思いをはせても良いだろう。

彼はCambridge大学のGonville and Caius College(ノーベル賞受賞者多数輩出のCollege)で、葬儀では「ケンブリッジの心臓部であり、世界で最も認知度の高い通りのひとつであるキングズパレードに沿って、ぎっしりと並ぶ群衆が目に入った。これほど大勢の人たちが、これほどしんとしているのを私は見たことがない。」と「ビッククエスチョン」にホーキング博士の娘さんの記載があった。MBA生でも一人このCollege所属の女性がいて、日本人だったので、Formal Fallに連れて行ってもらった。結構レアCollege(MBA生が少ないorいない)なので、雰囲気を堪能出来てよかった。

ホーキング博士所属の Gonville and Caius College の入口への献花
ご葬儀の様子

この「ビッククエスチョン」という彼の最後の本を読み、「やはり、素晴らしい人だったのだな」と感じた。是非ご一読いただきたい。

相変わらず専門家でなくても分かるように注意を払って記載されており(と言っても私が物理等を学んでいたから分かりやすい部分はあると思うが)、テーマ(クエスチョン)も面白い。一例として最初のクエスチョンをあげる。それは「神は存在するのか?」だ。私の拙い文章による誤解を恐れずに言うと、ホーキング博士の答えは「創造主は存在しない」だ。なぜなら、創造主が存在するのであれば、ビックバンを起こしたのは創造主であるが、ビックバン以前には時間が存在しないため、創造主という概念も存在しようがないから、ということだ(微妙なニュアンスや解釈の違いがあると思うので気になる方はご一読を)。何もないことから何かが起きるのだろうか?基本的に世の中の結果の全てには原因があるというのが論理的だろうと思う。が、実は今この時も、何もないところからエネルギー(物質と言ってもいい)が生まれており、それは突然だ。ただ、その世界は量子力学の非常に小さい世界の話である。ただしビックバンもそのスケールの話なので、矛盾はない。

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ビックバンの前とこの時空間の外には時間さえもない

ここで、相対性理論や量子力学を学んでいてよかったなと思うことが二つある。一つは「この世には、やはり絶対はない」ということが理解できることと、「世界が広がる」ということだ。二つは被る部分もあるが、1点目は、前述のように、原因があり結果があるのが当たり前でみな無意識にその文脈で仕事や生活をしている、特にロジカルなビジネスマンであれば尚更だ。しかし、それでさえ、この世の中では絶対ではない。その事が心底理解できることだ。2点目は、我々はどうしても自分が普段近くできる範囲で物事を考えてしまうが、この世には、その範囲では理解できない世界が存在することが改めて分かることだ。例えば、時間は連続して流れている(アナログ的)ように我々は感じるが、最近の研究では時間(と空間)の最小単位はプランク定数と呼ばれる極小の長さのようだ(デジタル的)。宇宙や量子の世界は、今人間の目の前で起こっている事とは異なる事が日々発生している。そういう世の中が現実にあるという事実を知るだけで、自身の世界を広げてくれると思う。

繰り返しになるが、そういう世界があることを教えてくれたのはスティーブン・ホーキングで、私の世界を広げてくれたのも彼だ。直接お会いすることは叶わなかったが、直接お会いしたところで、何も喋れなかったであろう( エディ・レッドメインも「憧れのスティーブン当人についに対面を果たしたとき、僕は打ちのめされた」、つまらない星座が一緒だという話をしてしまった、と言っている)。願わくば、今後の人生でスティーブン・ホーキング博士の業績に何かしらの形で関わる事が出来ればと思っている。

選べるか?素晴らしい授業

講演会やお笑いライブとは違い、授業や研修は、比較的コンテンツが決まっており、講師を見て選ぶよりコンテンツを見て選ぶことが多い。そにれも関わらず、講師によって授業の質は大幅に変わる。私が受けた授業で最たるものは、Creative Labだ。少しこちらに記載したが、去年の評判はよかったのに、講師が去年と異なったせい(と推測される)で今年の同級生の評判は悪かった。元々、講師の評判は気にしなかったのだが、この失敗を受けて後半は講師で選んだ部分もある(逆に講師で選ぶ最たるものは、ブルーオーシャン・ストラテジーを著したINSEADの教授群や、イノベーションのジレンマを著したハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンを選ぶ場合であろう。著名な教授という観点でMBAの学校を選ぶ場合も聞く)。今回は、私自身も教育に興味があり、講師の経験もあるため、良い評判の授業、悪い評判の授業の違いを私が受けたMBAの授業から簡単に紹介してみたい。

今回取り上げるのは自身の主観的な観点と同級生の話から際立って評判が悪かった二つと、評判が良かった二つだ。それぞれ、年齢的に(分類するのは意味ないかもしれないが)中堅とシニアの方がいたので、その2X2でカテゴリー分けする。今回4人とも男性の講師になってしまったが意図はない。4つの講師に共通しているのは、一般的に必要と言われている、Powerpointでの授業、RealなビジネスCaseを使った生徒とのDiscussion、生徒への多くの質問、生徒の意見を尊重する事、厳格過ぎず、柔らか過ぎない、という良い部分だ。それでも、彼らに差が出てしまうのはどういうことだろうか?

比較をする際には良い事例を先に紹介した方が、悪い事例の要因が分かりやすいと思うので、そうする。まずは私が良いと考えているRobert (Bob) WardropのNew Venture Finance(選択授業)とFintech Strategy(選択授業)だ。私はIBMに勤めており、(Startupと直接関わりがないとは言え)Fintechについてはある程度知識があったので、Fintechの授業を受ける必要性は低かったのだが、彼が講師ということで決めた。彼はシニアに属する。彼の授業で好感が持てる最たるものは、その自信を持ったしゃべり方だった。一見すると高圧的にも見えるのだが、生徒の質問やコメントに対してしっかりと反応し、Discussionのハンドリングもうまい。例えば、議論が白熱して生徒の挙手が後を絶たない時も、きっぱりと「君が最後ね」と言いながら授業を進める(最も「最後」と言いながら「もう一人だけ」という時もあるのだが。。。)。授業の資料や教える内容も深みがあるので理解が進む。深みとは、例えば、彼がDirectorを務めている Cambridge Centre of Alternative Finance (CCAF)にて研究されたデータを元に、昨今のVentureへの投資変化やFintechとTechfin(Technology会社が金融事業をやるパターン)の比較等について教授いただいた。

Robert (Bob) Wardrop のFintech Strategyより

次に良い授業として紹介するのは私の代でStrategy(必須授業)を担当したLionel Paolellaだ(授業には毎年、もしくは定期的に担当講師が変わる授業とそうでない授業があるが、前出のFintechはBobがCCAFのDirectorということもあり、基本的に彼が担当している。一方でこの後の授業は全て講師が変わる)。彼は中堅に属する。彼の授業は、さすがに、前出のBobに比べて研究から出たデータはすくないのだが、最たる部分は、ベタだが、生徒200人以上の顔と名前をほぼ全て(最初の頃たまに間違えていたので、それでも)覚えていたことだ。また、いじってもよさそうな生徒(私とか)を授業中にいじる事も忘れない。ようは、Bobに比較して生徒に近づいて授業を進めていたと言える。ただ、そういう「好かれる」だけの方策ではなく、毎授業の開始と終了には「Strategy授業全12回の中で今回はどこにいるか」や「たくさん習ったフレームワーク(3Cや、PESTや、5 Force)の関係」を明確にRemindしてくれるので理解しやすかった。これらは「基本的な事ではあるのだが、実際には疎かにされる」事であり、それをしっかり実施したことが経験の少なさを補ったのだと思う。

評判の悪かった授業の1つ目はMarketing(必須授業)の前半6回だ。担当の講師はシニアに属する。私の彼の授業に対する感想は「無味乾燥」だ。正直なぜそう感じたのか、今でも分からない。覚えているのは、Marketingの古いフレームワーク内で使われている計算方法を、我々が理解できなくて2回もかけて説明したことだ。実際はそのフレームワークは1回の半分でやるはずだったのだが、我々の質問に真摯に答えたことでそのようになってしまっていた。ありがたい事ではあるが、計算方法の長い説明は退屈であった。また、授業のグループワークの宿題を期限までに提出しなかった組が多かった回に、悲しみを込めて数十分叱った事もあった。もちろん、宿題を提出しないことはもっての外なのではあるが、多数の同級生がその宿題の存在を認識していなかった。なぜそうなってしまったのだろうか?基本的にMBA期間中は、特に1年制は、非常に忙しい。講師達もそれが分かっているのか、提出物に対しては何度も何度もRemindする。シラバスに記載し、メールを数回送り、当然授業中も宿題に触れ、授業の資料に毎回載せる(もちろんこのやり方が過保護という指摘もある)。しかし、彼はそこまでのRemindをしなかった。

最後に紹介するのはBusiness&Society(必須授業)だ。担当の講師は中堅で、見た目も爽やかで好感が持てたのだが、授業の評判は悪かった。この授業は昨今日本でもよく耳にするBusinessのサステナビリティ(Sustainability)について考える授業だ。テーマとしては面白いが、範囲が広く掴みどころがない。教える方も難しいだろうとは容易に想像がつく。彼が信頼を失った理由は、彼の質問やDiscussionテーマの同級生の回答やコメントに対する反応の悪さだ。同級生の発言に対して、単に「OK」や他の一言で返す場合が多かった。おそらく、単に彼自身が思い描いている回答以外に対しては、良い返しが思いつかなかっただけなのだろうが、それが底の浅さを露呈してしまっている。この授業は明らかに毎回生徒数が減っていき、最後の授業は数えるほどだった。

生徒とのInteractionが最重要?(ちなみにこの写真は今回紹介の授業とは別のVCWでの一コマ)

このように記載してみると、今回の分析の結果(つまり私の主観)で最も重要な点は生徒とのInteractionがどれだけうまいかだと思う。これは私がMBAの授業を受ける理由に依っているかもしれない。その理由は同級生とのCommunicationのネタとしての授業だ。もちろん、ブルーオーシャンをしっかり学ぶ、卒業後に使えるSkillを身に着ける、というのも重要な理由だと思うし人によってはそれがMBAに来る理由だ。ただ、私の場合は同級生とのCommunicationを最重要視していたので、それを促進する講師に対して評価が高くなるのだろう。BobとLionelはInteractionがうまかった。3人目の方はそれについて記載していないが、4人目の方は下手だった。Bobは経験に裏打ちされた自信、Lionelは経験が少ない分を補完する努力。4人目の方はその努力が足りなかったのかもしれない。この分析に依ると3人目の方は浮いているが、宿題のRemindの努力が足りなかったと言える”かも”しれない。また、3人目の方を例にとると、「テンポのよさ」というのも重要になってくる。生徒を飽きさせてはいけない。丁寧な説明とテンポのよさをどう両立させるかは難しいとは思うが、丁寧な補足資料という方法があると思う。前半の二人は授業中の説明資料以外に補足資料を作っていた。マイクロ経済とマクロ経済を教えてくれたのは経済学部の教授なのだが、両教授とも補足資料を作ってくれて、面白い授業だと思えた。

結局、先生というのはCommunicationのうまさが重要なのかもしれない。

生徒の立場からすると受けてみるまでどの授業や講師がよいのかは判断が難しい。事前情報も収集が難しいし、主観に依っている。実際今後記載する予定のMBA用予備校の選定も非常に難しかった(これについては今後、MBA準備について書く時に記載していきたいと思う)。それでも、良い授業に出会える確率を最大化するために事前情報収集をして、何を期待し、その講師がそれを提供できそうかどうかを評価しておくべきであろう。

ネットワークの広げ方:Keio Downing Summer School

三田会というものがある、たまに雑誌でも特集されているが、慶應義塾大学卒業生のコミュニティーで、日本の経済界を牛耳っていると言われることもある。私は慶應義塾大学卒業だが、参加したことは一度もない。よって、中身がどのようになっているのかはさっぱり分からない。周りの同級生も三田会に頻繁に参加していると聞いたことはない。理系だからなのだろうか?英国三田会というものがある。イギリスにいる慶應義塾生(塾生)以外は知らないと思うが、イギリスの経済界を牛耳っているわけはない。が、やはりイギリスに駐在する日本企業の塾生は多いようで、規模は大きい。一度ロンドンの年次集会(ようは飲み会)に行ったが、300~400人くらいはいたと思う。MBAを目指し始めると、ネットワーキングが大事と言うことを方々から言われる。せっかく塾生なので、このネットワークを使わない手はないと思い、”イギリス、三田会”でググって連絡して会員にしてもらった。しかし、こういう会は(も)自身で何か行動しない事には内部でネットワークを作れない。”ネットワーキングをしよう!!”と言われるが、これは行動や中身、そのコミュニティーへの貢献が前提となった言葉で、ただ、Party Peopleになれば良いということではない。今回英国三田会にも足跡をつける事ができたのは、Keio-Downing Summer Schoolに参加して、行動したからだ。

こんな雑誌が昔出てた、読んだことないし、参加したこともないけど。。。

せっかく国際色豊かなMBA期間中、日本人Communityに参加する事が意味あるのかどうかであるが、帰国して日本を拠点に働くのであれば、ある程度は時間を割いても良いと思う。ただし、意識しなくても日本人と関わる事はあるので、意識して行動するのは日本人以外が基本的にはよい。特に、MBA期間の前半はそうするべきと思う。一方で後半になったら自身のCareer等がもっと見えてくるので、意味のある日本人交流であればするべきと思う。

どのように誘われたか記憶にないが、Michaelmas TermにCambridge大学にいる慶應義塾大学にゆかりのある人たちの集まりがあるということで、伺った。場所は、よく行く中華屋、Seven days。この2階にカラオケがあり、同級生とよく行っていた。人数は10人に満たず、研究で慶應から来られている方が多かった。その中で、幹事をやっていただいた日本人女性の方とそのSupervisorのオーストリア人の女性(Fellow)の方が、なんと私と同じDowning College所属であった。日本人の方はSFC卒で、オーストリア人の方は慶應で教鞭を取られたご経験もあり、日本で本も出版されている。話によると、Downing Collegeと慶應義塾は繋がりが強く、毎年Summer Schoolを実施して塾生を一か月受け入れているとのことだ。(後で知ったのだが、私がMichalemas Termで一人暮らしをしていたDowning College内の寮の名前はKEIOで、「ふ~~ん、たまたま名前一緒だな」と思っていたのだが、なんと慶應義塾が寄付した棟だった!)元々、教育には興味があり渡英前はVolunteerもしていたので、私も何か関われないかと思い、担当の方をご紹介いただいた。その後、一度Downingでその担当Fellow(インド人)とHigh TableでLunchをしながら、私の実施したい内容について会話した。

High Tableとはいわゆる上座で、この写真では天皇皇后両陛下が座ってらっしゃるテーブル。全Collegeの食堂にはHigh Tableがあり、基本的にFellow以上でないと座れない。

私がこの活動を実施した理由は3つある。

  1. 英国三田会側に足跡を残して内部の人と繋がる
  2. Cambridge大学内のMBA外の人と繋がる
  3. MBA内の教授と繋がる

1つ目は、英国三田会の方数名をこのSummer SchoolのDinnerに招待を主導することで、私のPresenceを見せることで実現する。Summer Schoolへの意味は卒業生が実際どのようにGlobal Playerになったかを、現塾生たちとの交流でFeedbackしてもらう、というものだ。2つ目は知り合ったFellow経由で他の学部やCollegeを巻き込んだSummer Schoolのコンテンツをアップデートすることで実現する。3つ目はBusinessという観点で、MBAの教授に協力いただいてコンテンツを作ることで実現する。実際Businessの観点で私も時間をもらって、塾生向けに1時間講演をさせてもらった。3つ目に関しては、MBAの授業を普通に受けているだけでは難しいため、1つのネタとしてこのSummer Schoolを利用させてもらう。

しかし、残念ながら上記3つのうち、実現したのは1つ目だけであった。Michalemasに企画を初めて、実施はSummer Termなので時間は十分にあった。原因は担当のFellowの私のActionに対する返信が遅かったことだ。が、実際担当Fellowとしては私の2つ目や3つ目のOfferには魅力を感じなかったということなのだと思う。

そうは言っても、1つ目の話を進める中で、慶應義塾大学のイギリスOfficeや英国三田会の幹事団(実際ロンドンで働いている方々がボランティアで実施)とお知り合いになることができた。一度、このSummer Schoolに参加している女学生から慶應イギリスOfficeに、相談があって、私に繋いでもらい、会話する機会を得た。相談内容は、「Summer School終了後女友達と二人で一週間イギリス滞在して各地を回りたいが、女友達が来れなくなったのでホームステイ先を探している」とのことだった。確かに、すでにMBAもSummer Termでインターン等でロンドンに住んでいる同級生女子もいるので、紹介はできるかもしれない。だが、流石がに20歳前の初海外中期滞在の日本人女性が一人でイギリスを回るのは危険ではないか(と思うのは保守的なのだろうか)?結局お母さまがイギリスに来くることになったようで、一安心。ただ、話を聞くと「Cambridgeに来ても結局日本人といる時間が多くて海外の方と交流する機会が少なくて残念」とのことだった。それはよく分かる。私もMBAに来る前の海外経験でも、結局英語はしゃべってないし、現地の方との交流もしてないし、自分は何をやっているんだろう?とよく思ったものだ。それに対する答えは「焦る必要はない」が「(帰国子女ではない我々は)どこかで本気で英語を勉強して機会を掴むしかない」ということだ。なんでもそうだが、「準備をして、機会が来た時に対応できるようにする」ということだろう。

その後のFormal Dinnerは、つつがなく完了した。この際来ていただいた、英国三田会のPresidentの女性の方は、なんとCambridge大学で教鞭を取られているとのこと。繋がるものだな、と思った。今回の私の企画に関しては非常に喜んでいただいて、ちょうどその時期に実施されていた、その方主催のConferneceにも招待いただいた。場所はJesus Collegeで、一週間、結構大規模なConferenceだ。お伺いしたら、お忙しい中1時間ほど私のために時間を割いていただき、二人で会話をさせていただいた。

写真じゃ分かりずらいが、正直Jesu College の方がDowning Collegeより古くて、広くて、かっこいい

今回の活動のおかげで、英国三田会、慶應義塾大学、Downing Collegeとはさらに強い繋がりができたと思う。今後、自身のやりたいことによってはこのネットワークを使わせていただいて、活動ができるだろうと思える。

リケ男とレキ男:なぜ歴史が好きか

私は歴史が好きで、理系男子なのだが、世の中は女性で歴史が好き、もしくは理系だとレキジョやらリケジョやら言われてもてはやされる(?)。私は残念ながらもてはやされた記憶はないし、リケ男、レキ男はなんともオタクっぽくて飲み会でもネタにならない。。。が、歴史はいい。歴史の本を読んでいると何か壮大なことを考えている気になるのでストレス解消にもなる(平均値と比較したらストレスは低いと思うけど)。しかし、総じてオタクっぽくなってしまう。例えば、史跡とかに行って、くどくどその史跡の事を語っている男子(というか、もうおじさんだがどちらにしろ・・・)を見たら皆様どう思われるか?同じことが理系男子にも言える。例えば、色付きの炎を発するロウソクを見ながら、「これはセシウムかルビジウムの色かな」とか言ってしまうかもしれない。

高校生で習う元素の炎色反応(セシウムとかないな。。。)

MBA受験中にエッセイを書く際には、自分を見つめなおすことになるが、その中で歴史という物の存在感は大きかった。(理系だが(??))歴史は好きだし、歴史の本を読むことも好きだし、歴史が自身の数々の判断の役に立ってきたとも確信している(一応この回でも後ろの方でビジネスとの関連を記載している)。ただ、なぜ「好きか」、なぜ「役に立つか」を明確に説明することがこれまで出来ていない。こんなに好きなのに。。今回も出来ていないが、今の自分の考えを記載しておこうと思った。

この話を始めるときにまず引用すべきはエドワード・H・カー(Cambridge大学卒)の「歴史とは何か」であろう。(ちなみに、何分20世紀半ばの本で、英語も分かりにくいのか、日本語訳も分かりにくく、私には読みにくかった。高尚な本だからなのであろう。)カーの最初の「歴史とは何か?」に対する答えは「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との尽きることを知らぬ対話」とのことだ。

エドワード・H・カー (1892年 – 1982年、私が生まれた年にご 逝去 ) 。「危機の二十年」という本でも有名。

抽象的で分かりにくいが、同じような抽象的なことは 2019年10月に邦語訳が出版された 「なぜ歴史を学ぶのか」という本の最後に記載されていた。 「生まれる前に起こった事柄に対して無知でいることは、子供のままでいることを意味している。なぜなら、人間の一生が価値を持つのは、それが歴史の記録によって先人たちの生きざまの中に組み込まれた場合に限られるからなのである」というキケロ(このローマ人(BC106-BC43)はユリウス・カエサルの文脈から見ると、ちょっといじめられて可哀そうな感じのおじさんなのだが、文学の世界では神のような扱いをされている人だ。)の話を載せている。 (ちなみにこの本にはCambridge大学の事がたくさん載っていて嬉しかった)また、 「サピエンス全史」で有名になった、ユヴァルさんの「ホモデウス」にも記載がある。「歴史を学ぶ目的は~過去の手から逃れることにある。~私たちはあちらへ、こちらへと顔を向け、祖先には想像できなかった可能性~~に気づき始めることができる」。こちらの方が少し具体的か。後半に記載のあること、つまり、「祖先よりも発展した事ができる」ことが歴史の目的ということだ。

BC63年ローマ元老院、 カティリナ弾劾演説。左で手を広げてしゃべっているのがキケロで、
彼の名前を有名にした演説。イタリアの国語教科書にも演説内容が載っているらしい。

過去より発展するためにはどうするか?この「なぜ歴史を学ぶか」に、19世紀後半に人が歴史を学んだ理由は「古典古代世界の共和制や民主制が抱えた諸問題や試みや失敗について無知でいるわけにはいかない」からだと記載がある。これが一番一般的に言われている、歴史を学ぶ理由ではないだろうか?過去の失敗を学ぶことで、同じ失敗を繰り返さない事、それによってより良い未来を創ること。過去の失敗から学ぶと出来るものは何だろうか?個人としては、してはいけない事(しない方がよい事)成功パターン等(明文化されなくても)を自分の中に蓄積することになると思う。その蓄積されたものに合わせて自身の行動を決めている。一般的には、それは、おそらく理論なのではないかと思う。 「大戦略論」にも「理論は歴史から抽出して構築するほかない」、「理論のおかげで、戦略家は絶えず歴史を振り返る必要性から解放される」と記載されている。つまり、理論(だけでなく、拡大解釈するとルールや規制)のおかげで、 我々は日々の判断や行動でいちいち深い考察をする必要がなく、脳のエネルギーを節約できる。確かに理系でも過去の偉人たちの研究を学んでいるわけで、その積み重ねの上で新しい理論が作られていく。そういう意味では歴史とは切っても切れない関係がある。

カーは「歴史とは何か」で「歴史を読む人間も書く人間も慢性的に一般化を行っている」し、歴史を「自分自身の時代に適用してみるもの」であり、「一般化が自然科学者を博物学者や標本収集家から区別する」と言っている。そして、この一般化こそが歴史をScienceに分類するものであり、歴史も物理学や他の理系学問とおなじScienceだと主張している。そういう意味でも「理論」という言葉はしっくりくる。余談だが、一方で量子力学(の(おそらく)ハイゼンベルグの不確定性原理)を引き合いに出して「主観との客観の双方」が観察している対象に影響を与えるが、これが歴史研究の観察者と観察対象にも当てはまるというのは「納得できない」と言っている。私としては、ここは関係ある方が面白いと思ったのだが、確かに量子レベルとマクロレベルで直接関係すると考えるのは早計過ぎるかもしれない。

ジャレッド・ダイアモンド(ハーバードとケンブリッジでは生理学専攻(理系)だが、現在は人類学(文系)の教授)も「危機と人類」で「科学の基本とは、現実世界を正確に描写し理解するという行為」と言っている。これはまさに文系も理系も共通してScienceだということであろう。

「gun germs and steel official」の画像検索結果
日本で一番有名なジャレッド・ダイアモンドの本は「銃、病原菌、鉄」であろうか?

カーは「過去の諸事情に秩序を与え、これを解釈するーこれが歴史家の仕事ですー事ができるのであり、また、未来を眺めながら現在における人間のエネルギーを開放し、これを組織するーこれが政治家、経済学者、社会改革者の仕事ですーことが出来るのです。」 とも言っている。秩序と解釈がイコール理論ではないが、理論を構築するために歴史を学ぶ、というのは一定の納得感があるがどうだろうか?

一方で、現在の世の中では益々、歴史が必要になってきている、という記述もあった。前出の「なぜ歴史を学ぶか」で記載されていた19世紀の引用について、この時代にそんな事が必要なのはエリートだけ。つまり、この時代「歴史はエリートによるエリートのためのエリートについての」学問だったということだ。しかし、時をたつにつれて、歴史は「嘘を構成する事実誤認という霧のなかをかき分けて進む能力を高めてくれる」ものに変わった。 昨今のFake news(は本にも事実誤認の例として記載されているが)を何が正しくて何がそうでないかを判断する指針は(知識としての歴史が全て正しいとも限らないが)様々な歴史を学ぶことで判断ができるのではないかと思っている。

加藤陽子さんが書いた、「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」という本にも「現在の社会状況に対する評価や判断を下す際、これまた無意識に過去の事例からの類推を行い、さらに未来を予測するにあたっては、これまた無意識に過去と現在の事例との対比を行っています」と記載がある。これも判断する時には歴史の蓄積が良い指針になるということだろう。 ちなみにこの本は非常に面白くて、それまであまり読んでこなかった日本近代について読み始めるきっかけになった。

これらはちょうどAIがDeep Learningで確からしい答えに近づけるのに似ている(のは昨今のAIが人間の脳のメカニズムを模しているから当たり前かもしれないが)。 では、もし全ての歴史が間違っていたらどうするのか(教師データが間違っていたら)?という疑問がわくが、それはもう個人の力でどうにかできるものではないと思う。今でも多くの専門家の方が日々努力して、少しでも正しい歴史を記そうとしていて、我々素人は今の時代のその中で頑張るしかないのではないかと思う。

昨今のAIに使われているDeep Neural Network(DNN)。左のInput(質問)と右のOutput(答え)の組(データ)をたくさん与えることで、中のNeural Networkが最適化されていく。人間の脳も同じ構造。

ただ、少なくとも学校で習うより世の中は複雑だということが歴史を学び続けることで分かる。小学生の時は善と悪みたいな分かりやすい文脈の中で学ばないといけないので、非常に歴史を教える事も学ぶことも難しいと思う。世の中はそんな単純じゃないんだと分かったのは、ガンダムの1年戦争がガンダムの敵のザク側(ジオン公国)の独立戦争が発端だと知ってからだ。幕末なんか、坂本龍馬のように思想の変化で敵と味方がしょっちゅう変わるから、小学生の時は理解できなかった。最近読んでいる「教養としての「フランス史」の読み方」でも、フランス革命は 「「古い王政が~自由を抑圧して~市民が自由を求めて起こした革命」というほど単純であったわけではない」と記載がある。 むしろ王(政府)は自由市場主義を導入しようとしていたが、市民は自由主義より 、王の中央集権による安定的な政治を求めていた。しかし、特権階級(貴族)がそれを拒んだ。というような複雑な様相を呈していたようだ。(ちなみにフランス史について興味を持つことになったのは佐藤賢一の「双頭の鷲」から「小説 フランス革命(全10巻)」を読んでからだ。ちょうど最近ナポレオン三部作が刊行された。非常に面白いので是非。)

今読み中のナポレオン

このように人の世界は複雑で相手側にも色々な状況や思惑があるということを学ぶことは、他の文化を受け入れたり、人や国に対して寛容になることに役立つのではないかと思う。加藤陽子さんも「多くの事例を想起しながら、過去・現在・未来を縦横無尽に対比し類推しているときの人の顔は、きっと内気で控えめで穏やかなものであるはずです。」とも記載があり、他の文化や人に対する寛容さと同じことを言っているのだと思う。

追加で2点、これまでの考察に入らない記述を紹介したい。「ホモ・デウス」では、過去に意味のあったことが新たな時代では意味がなくなる過程を眺めることが重要とも言われている(本の中では”意味のウェブがほどけたり、新たなウェブが張り巡らされるのを見る事”と書かれている)。

「大戦略論」では「優れた知性の基準=二つの相反する考えを同時に持ちつつしかもきちんと働く」もので、「歴史とは人間には探知できない法則を反映している」そして「相入れない物事への適応が必要になる。これこそが歴史から学べることである」と言っている。

最後にビジネスとの関連を少しだけ。ビジネス書でも歴史の重要性が書かれている(?)本がある。ビジネス書や自己啓発書はほとんど読まない(大学生の時は読んでた)のだが、数冊ある本の中で一橋大学教授の楠木健さんの「ストーリーとしての競争戦略」(いわゆる「スト戦」)がある。10年前に父親に借りて読んだのだが、面白く、その後自分で購入した。久しぶりに読んでみたのだが、やはり面白い。と言うか、この人がユーモアがあって面白い。ここでは「戦略的思考を豊かにするためには、「歴史的方法」が最も有効です」と記載がある。ここでの「戦略」はビジネス書なので、「経営戦略」のことだ。楠木さんは「歴史が重要」と直言しているわけではないので、どのように思っているかは不明であるが、私個人がこの文脈から想像を広げる限り、「物事の因果関係的な思考を豊かにするには一般的な歴史をたしなむのが有効」と言いたい。楠木さんのブログを確認したが、歴史に対する記述は少なかった。ただ、彼が影響を受けたという米倉一郎元教授の回の話は、楠木さんの面白いキャラの一貫性が出ていてよいし、このような方とお友達ということは楠木さん自身も歴史に対して何らかの思いを持っているものと思う。この人のブログは短い、私のは長い。。やはりブログは短い方がいいのだろうか。。しかし、スト戦では「ストーリーは長い話」と記載があったので、ストーリーになっていれば長くてもいいはず、あくまでなっていれば。ちなみに「当時のITブームに相当するような華々しく見える事業機会は、今で言えば、環境技術やシルバーマーケットというところでしょうか」と記載がある。この文章から10年後、これから環境やAgingのビジネスを考えようとしている自分がいた。。。やはりその要素は抜いて、人への価値から考えるべきだと認識を改めた。

以下、私が歴史を好きになった経緯も載せておく。

歴史を好きになった最初のポイントは、小学生の時に「マンガ日本の歴史」を読んでからだ。多くの方がそうだと思うが、特に戦国時代あたりは面白くて何度も読んだ。戦国時代が面白かった理由は「戦術」の話があった事が一番だと思う。例えば、信長が今川義元の大軍に対して、少数でどのように勝利したかという部分だ。その他の部分に関しても、過去から現在に至るストーリーになっているので面白い。おそらく、人間は因果関係を面白いと思うのだと思う。一般的な小説もその因果関係の強さが面白味に重要だと思う。とは言え、それから次のステージに進むまでは10年ほど必要であった。

次の転換点は大学1年生の時だ。一般教養の選択授業でリーダーシップに関する何かしらの課題が出たため、「リーダーシップ」と図書館で検索した際に出会った本が塩野七生の「ローマ人の物語2巻、ハンニバル戦記」だ。このハンニバル戦記は大学生の男子の心をくすぐるには十分だ。なぜなら戦術に関する記載が満載だからだ。第1次ポエニ戦役において、それまで船を持たなかったローマ共和国が海洋国家のカルタゴにどう勝利したか。第二次ポエニ戦役におけるハンニバルのローマ共和国に対する快進撃における戦術のバラエティー。そして極めつけは第三次ポエニ戦役におけるハンニバルとスキピオ・アフリカヌスの決戦。これだけ心躍った本は「銀河英雄伝説」くらいかもしれない。この後、1巻からローマ人の物語を読み返して、大学院生まで全15巻、約4500ページを読破した。4巻と5巻ではユリウス・カエサルが登場し、ハンニバルと合わせて、戦略というものを知ったと思う。ここから、他の塩野七生の本を読んだり、他の歴史を読んだりし始めた。

「Cannae hannibal」の画像検索結果
ハンニバルの大戦術が披露された戦いの一つ、カンネの戦い

24歳でIBMに入社するのだが、ローマ人の物語を読んだことで自分はローマの歴史を知り、戦略というものを知っている、ということが、(根拠の無い)自信になっていた。それもあって、歴史を読み続けていたのだと思う。(ちなみに塩野七生の本は歴史小説であって、歴史書ではない、と言われる。そうだとしても、本がカバーしている歴史については知ることができると思う)

カーが言っていた 「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との尽きることを知らぬ対話」 。歴史を読むことは自身が過去と対話をしているのだと思うだけで心が躍る。結局はそういう「勘違い(?)」であっても、個人の中で心躍る事が何かをする理由で、私の場合はその1つが歴史を読む理由なのだと思う。