娘と二人5日目:遊具に規制

娘と二人切の日々も最後の5日目。明日には妻と赤ちゃんが退院して家での新たな生活が始まる。楽しみであるが、少し寂しい。娘との二人きりの日々は本当にかけがえのない日々だった。なぜか分からないが、この5日間で娘は成長したと思う。バイアスもかかっていると思うが、純粋な気持ちを言うと、語彙が増えたことと精神的に安定していることだ。私の親のサポートもあって、5日間フルで一緒にいることができたのが良い傾向なのではないかと思う。普段はこんなにずっと一緒にいてあげるのは母親でも難しいだろう。

さて、この日は2021年4月26日月曜日。前日から東京では緊急事態宣言が出ている。申し訳ありません、ずっと家にいると娘の機嫌が最悪になるので、この日も外出させていただきました。人出も考えて午前中は早めに出ることを前から決めていて、無料で遊べる大きめの公園を探した。新宿中央公園には大きな遊具があるので、そこで遊ばせようと思い向かった。が、なんと、大きめの遊具には黄色の規制線が貼られていて使えなかった。子供が遊ぶ遊具を規制するという事が直接的にも間接的にも抑制に効果的なのだろうか?私には分からなかった。お昼近くになるとちらほら家族連れが増えてきたので、移動することに。

手前の小さな遊具(クジラを模したオブジェ)は遊べたが、左奥の大きな滑り台を含む遊具は使えなかった。

午後は行く場所もないので、こういう時は「神社だ」と思い原宿の明治神宮へ。原宿に子連れ用レストランがあるので、そこで昼を食べて、いざ(そのレストランも店員さんは一人でお客も我々以外は1,2組、そりゃそうだわな)。レストランから明治神宮までの表参道は娘を肩車して移動。重い・・・。そして、なぜか明治神宮について少し歩いたら眠くなったようで、抱っこしたら即熟睡・・・。今日までの疲れが出たのだろうか?仕方ないので、当初から休むつもりだった明治神宮前の「杜のテラス」へ。結果1時間半ほど寝ていた。こちらとしては本をゆっくり読めたのでよかった。お母さんが抱っこ紐とかベビーカーでスタバやカフェで本を読んでいるのをたまに見かけるが、本当にそういう時くらいしか自分の時間がないと思う。ちなみに娘的には本日のデートコースも結構楽しかったよう。知らないところを散歩できるだけでも刺激になるようだ。よかった。

杜のテラス 明治神宮の入り口にある 緑に囲まれたカフェ | 東京カフェ巡り
「カフェ杜のテラス」ここもいつからあるか知らないがMBA受験中に知っていれば勉強場所として使わせていただいただろう

娘と二人4日目:小休止、実家へ

今回に限らず、毎週土日どちらかは実家に娘と二人で自転車で通っている。自転車で10分くらいの距離だ。お昼をごちそうになり、娘は私の両親に遊んでもらい(トップ画像はいつも遊んでもらっている善福寺川公園)、家の夕飯に間に合うように帰る。私も本を読んだりNetflixを見たりする時間が取れるし、妻も育児から解放される。実家が近くにあり非常にありがたい限りだ。育児を含んだ家族形態は本当に多様でそれぞれの悩みがあると思う。例えば私の家は、妻が専業主婦、私の実家が近い、一人目と二人目の歳の差が2歳。この状況では、妻が平日は100%娘の面倒を見ている。在宅のおかげで状況が良くわかるが、カオスになることもしばしば。「これは土日は育児から解放してあげなくては」と思うので、土日の娘担当は私。だが、これだと私が休めない・・・(結果、休日のどちらかは実家にお世話になっている)。もしこれが年子だとどうだろう。カオス度が半端ないことになると思う、もし双子なら・・・想像の域を超える。一方で共働きだとどうだろう。平日子供は保育園、土日も預けることが可能、世帯収入も高め。ここまで書くと羨ましい限りだが、当然「隣の芝は青い」で、お迎えどうするのか?平日の夕飯は?保育園見つかるのか?そして私には想像もつかない悩みがあるだろう。このように、それぞれの形態によって状況が違うので、解決方法も多様になっていると考える。一方で子供を中心に考えたときはまた違うだろう、長くなるので一旦ここで止めたいが、幼少期に両親からの愛を受けている方が自分に自信がつくらしい。(ユリウス・カエサルはそうだったと塩野七生も言っている)。

前置きが長くなったが、この日曜日も実家にお世話になった。昼飯もごちそうになり、午後は娘と遊んでもらい、夕飯もごちそうになって帰宅。ただ、夕飯をごちそうになるとどうしても帰宅時間が遅くなる。2歳の娘はルーティンを大事にするので、風呂や寝る前の儀式(ジブリを見て本読む)を短縮できない。結果として、いつもより眠いままルーティンをすることで機嫌が悪くなり、いつもより寝る時間が遅くなるという悪循環に。それでも個人的には小休止できた。育児にこれくらいの小休止があるとありがたい。周りの環境のおかげでその小休止が実現できている。